NとY

2022/04/08

はじまりは中学2年の時。

当時、俺は高校受験のために塾に通ってた。
その塾にはクラスが幾つかあって、(自分で言うのも何だけど)成績の良かった俺は「難関私学受験クラス(通称“特進”)」にいた。
特進には、県内各地から集まった生徒が全部で15人。
彼女(Y)もそのうちの一人だった。

背の順でいうと後ろから数えたほうが早いだろう、全体的に細身のすらっとしたシルエット。
さらさらとしてつやのある髪は、少し長めのストレートレイヤー。
おそらく地毛なのだろうが、ほんのりとブラウンが入っていた。
性格はおとなしい。
自分から話題を提供することは(少なくとも俺には)ほとんど無く、クラス中が馬鹿話で盛り上がっている中でも静かに笑っているような…
…Yはそんな女の子だった。
その年の2月14日。
いつも通り授業が終わって帰る準備をしていると、同じく特進の女子(N)に声をかけられた。
「みんなが帰ったら、ちょっと駅まで来てくんない?」
当時、Nに片思いしてた俺は喜んだ。…ところが、はやる気持ちを押さえて駅まで行くと、様子が違った。
そこにはNと、なぜかYも一緒にいた。

N「ほら、来たよ」
Y「…ん」

なるほど理解した。
これって、間接的にNに振られたんだ、と。

なんだか絶望感が一気に押し寄せてきて…その後のことはハッキリとは覚えていない。ただ、気付いた時にはYから渡された白い紙袋を持って歩いていた。
開けてみたのは、その翌日だった。
中にはゲームキューブくらいの白い箱に入った、手作りのハート型したチョコレートケーキ。箱には『好きです。』とだけ書かれたカードが添えられていた。

付き合い始めてからもYは相変わらず静かで、賑やかだった俺とは対照的だった。
こちらから話題を振らなければおとなしいままだわ、特進のみんなからは茶化されるわで、俺はちょっと鬱陶しく思ってたけど、勢いで付き合い始たという負い目もあり、そのままズルズルと過ごしていた。

付き合い始めてから半年が経った中学3年のある日、俺は彼女の家に呼ばれた。
まだキスもしたことのない奥手な彼女が、「明日から1週間、家族みんな居ないんだ…」と言ってきた時は、正直驚いた。
もちろんそれはそういう意味だと思ったし、そういう事に興味もあったが、俺は「ここでしてしまったら、このままズルズルと関係が続く。絶対にだめだ。」と心に留めて家に行った。

いつになくニコニコと楽しそうに振舞う彼女の姿にあてられ、なかなか「帰る」と言い出せず、そのまま彼女の作った晩御飯まで食べてしまった。

時計が19時を示した頃になって、俺はさすがに焦りを感じ、「そろそろ帰る…」と切り出した。
玄関で靴を履いていると、彼女は、
「…いや」
と言って俺の服の裾を引いた。

振り返ると、彼女は真っ赤になって俯いていた。
風呂からあがり2階にあるYの部屋に行くと、電気スタンドの明かりだけが灯る薄暗い中に、タオルを巻いた姿でベッドの縁に座る彼女がいた。
俺が隣に座ると、彼女からキスをしてきた。

どれくらいの時間かは判らないが、何度も何度もキスをした。
彼女の纏うタオルを除けると、予想に反して下着姿の彼女が現れた。どうやら風呂からあがった後に再び着けたようだ。
薄暗くてよくわからなかったが、白か薄いブルーだろう。レースをあしらった、年相応のかわいい下着だった。

俺はブラを外そうとしたが、外し方を知らなかっためにまごついた。すると彼女は俺の手をそっと払い、自分で外した。

思わず息を飲んだ。それは小ぶりながら、透き通るように白く、整っていた。

隣に座る彼女の背中から右手を回し、向こう側のツンとした小さな突起に触れてみた。

それまで無言だった彼女は、かみ殺したように小さく声をあげ、ピクッと反応した。
その声をスイッチに、俺の中で何かがキレた。無我夢中で揉み、舐め、吸った。

「…怖いっ…」

彼女は小さな声でそう言って身をかがめた。
我に返った。

俺「…ごめん。はじめてだから…」
Y「…うん。私もはじめてだから…」
俺「…もう少し…さわっていい…?」
Y「…うん」

俺は彼女にそっとキスをし、そのままベッドに横たえた。そして自分の体を上から重ね、胸を愛撫した。
(といっても、まだまだ拙いものだったが…)

やがて右手を下半身に向かって這わせ、下着に手を入れた。
熱い感触。指先に触れ、濡れた。
そこがそうなることは知ってはいたものの、正直ここまでとは知らず、失禁したのかと思った。

下着に両手をかけると、彼女は少し腰を浮かせた。
抵抗はほとんど無く、スルリと脱げた。
目の前には、なだらかな丘がある。
体毛の薄い体質なのだろう。
そこには、少し濃い産毛といった感じの陰毛が、申し訳程度に生えていた。

俺の知識はエロ本のそれしかなかった。
(この流れは、口でするのか…?)
太股の内側に手をあて、足を開こうとする。
始めは少しの抵抗をみせるも、やがておずおずと開いていった。

親指と親指の間にあるそれは、分泌された彼女の液体によって、ぬらぬらと輝いていた。
モザイクのないそれを見るのは初めてだった。
綺麗だと思った。
それを目の前にすると、もう我慢ができなかった。
もういいか訪ねると、Yは無言で頷いた。

彼女の部分にあてがうも、入り口がよく分からない。
ぬるぬるとした感触に、幾度も滑らせることになった。
そうこうしているうちに突然何かが押し寄せ、果ててしまった。
挿れる前に。

俺「…ごめん。」
Y「…うん。」

情けなかった。
彼女が飛散した白い液体をティッシュで拭う間、気持ちは沈んでいた。
すると、彼女は俺自身にそっと触れてきた。

俺「えっ!?あっ!!?」
Y「…。」

彼女の細い指先に触れ、すぐに元気が戻った。

俺「…」
Y「…」
俺「…いい?」
Y「…おねがい。」
彼女のガイドで、ようやく入り口に導かれた。
ゆっくりと押し進める。
やはり抵抗があったが、最後まで挿れることができた。
圧力がかかり、熱い。

俺「痛い?」
Y「少し…でも、平気…」

もっと大量に出るものだと思っていたが、思っていたより血は出ていなかったようだ。
俺はゆっくりと動き出した。
壁が、絡みつき、そして、熱い。
うまく動けずに、抜けそうになる。
動かすたびに彼女が反応する。
はッはッという荒い息にまぎれ、時折押し殺したような「んっ」という声が漏れる。
どうやらAV女優の喘ぎ声が演技というのは本当のようだ。
目の前の彼女は、口を固く閉じ、声を押し殺している。

「…ふぁぁぁ…」
ふいに彼女が静かに長い息を吐いた。
彼女の中がふっと緩み、一瞬キュッと閉まった。
これが致命傷だった。

何が起きたか、よくわからなかった。
2度目は、中で、果てていた。
(妊娠したらどうしよう…)血の気が引く音を初めて聴いた気がする。

Y「…気持ち、良かった?」
俺「うん、あ、中であの…」
Y「…うん」

彼女は俺のしでかしたミスをティッシュで拭うと、俺の背中に寄り添ってきた。そうしてそのまましばらく経った後、彼女が口を開いた。

「…シャワー浴びてくるね」

薄暗い部屋に1人残された。
セックスしてしまった。しかも中に出してしまった。
俺は、自分の優柔不断さを呪っていた。

こうして、バレンタインのあの日から始まった悪夢は、幕を進めていった。
いくら背伸びをしてみても、中学生なんて所詮はまだまだ子供だ。
俺は責任が怖かった。そしてその責任から逃れたかった。

あんな事があったというのに、あんな事をしてしまったというのに、Yと話すのが気まずくなった俺は、彼女を避けるようになっていた。

そしてあれから数日経ったある日、授業が終わった後で彼女に呼びとめられた。

(ついに来た…)

暗澹とした心持ちで、彼女と近くの公園へ向かった。
並んでベンチに越しかけるも、どう切り出してよいかわからず、しばらく重い沈黙が続いた。
先に沈黙を破ったのは、彼女だった。

Y「…あのね」
俺「…うん」
Y「…大丈夫だった」
俺「え…?」
Y「生理…きたから…」
俺「??」(←その意味がよくわからなかった)
Y「できてなかったってこと」

そう…できてなかった、か。大丈夫だったのか…!
体の力が一気に抜けた。…と同時に、自分でもなんだかよくわからない感情が込み上げてきた。
それは「怒り」に近かったと思う。その溢れる感情の勢いに任せて俺は切り出した。

俺「…なぁ。別れよう?」
Y「…」
俺「俺、もう、前みたいには戻れない…」
Y「……いやだ(泣き出す彼女)」
俺「ごめん…」

彼女はしばらく泣いていた。そして、一言一言紡ぐように言った。

Y「…私は…それでも好き…」
俺「俺もYの事好きだけど、もう無理だよ…」

結局Yとは別れことになった。
一方的で、最悪な別れ方。このことはずっと胸の奥に罪悪感の黒い塊として残ることになった…。
秋になって、俺は塾を辞めた。東京の私立高校に、推薦での入学が決まったためだ。
部活を引退し、学校に毎日通う以外に特にやることの無かった俺は、ダラダラと過ごしていた。

そして、はじまりのあの日からちょうど1年経った、中学3年の2月14日。
俺はその日、学校のクラスの友人達と、卒業旅行と称して今は無きドリームランドへ遊びに行った。
さんざん遊び尽くし、夜になって家に帰ってきた俺に、妹がやけに明るい声で言った。

「にいちゃーん」
「お届け者でーす」

ニコニコと無邪気に微笑む妹の手には、去年と同じ“白い箱”があった。
そして箱には、カードが添えられていた。

『好きです。』

俺は妹の手から箱をひったくるように奪い、部屋へ駆け込んだ。後ろで妹の冷やかしの声が聞こえた。
妹は知らなかった。俺たちはもう別れたということを。

結局、俺は恐ろしくなり、箱を開けることなく捨てた。
俺もYも当時は携帯を持ってなかったし、彼女のことはそのまま放置した。
何もしないことが解決になると、信じた。
高校生になった。
今まで官舎住まいだった我が家も、俺が東京の高校に入学したのを機に、横浜に家を立てて移り住んだ。
あの町には思い入れがあったが、Yと疎遠になることに内心ほっとしていた。

俺の高校は某大学の付属校のひとつで、男子校だ。
エスカレーター式に大学に行けるし、周りは野郎ばかりで気を使う事もないし、毎日がとても楽しかった。
弓道部に入部した俺はそれに打ちこみ、汗を流して毎日を過ごした。

さすがに次の2月14日前後は重い気分だったが、杞憂だった。
引っ越しの際は、本当に親しかった学校の友人以外の誰にも新しい住所を教えなかったから“白い箱”が届くことはありえなかった。
高校2年の夏、関東大会に出場した。会場は前に住んでいた県の、とある公立高校だった。
結果は…残念ながら勝ち残ることはできなかった。
自分なりに全力で臨んだ大会だったから、その実力が及ばなかったことがとても悔しく、仲間と離れてひとり中庭でふてくされながら飯を食っていた。

「○○くん…?」

不意に後ろから呼びかけられ、俺は振り返った。

そこにはアイツがいた。
「びっくりしたよ!弓道始めたんだね!私ここの学校に入ったんだよ!」

そこには俺と同じく弓道着の身を包んだNが立っていた。

スラムダンクで感激して以来ずっとバスケ部員だった俺が、高校に入ってから突然に弓道を始めた理由は、正直なところ、Nの存在があったからだ。
彼女は中学の時からずっと弓道をやっていた。…といっても、うちの中学には弓道部がなかったため道場に通っていたのだが。
それを覚えていた俺は、引越しの寂しさと、まだ捨てきれない初恋の気持ちから、彼女の影を追うようにして弓道を始めたのだった。

でもまさか再会できるとは思わなかった。
しかしよくよく考えてみれば、この公立高校は県下トップ校である。特進の生徒だった彼女なら、ここも当然、射程圏内なのだ。

片手に弓を持ち、仁王立ちで俺の後ろに立つNは、あのころと何ひとつ変わっていないように思えた。
俺「N!△△高だったの!?」
N「うん。××に落ちちゃってねー。」

あっけらかんに答える彼女。
やっぱり変わってない。

小学校の時からそうだった。
明るくて、人懐っこく、豪放で、男勝りで、ちょっと頑固。
特進では、Yといつも一緒にいた。
Yが女の子らしい女の子だったからその陰に隠れていたけれど、Nだって、俺の色眼鏡をはずしてもレベルは高いほうだったと思う。
俺「そっか。まさかこんなとこで再会するとは…」
N「ねー。世の中せまいねー」

彼女は「よっこらせ」と、おばさんみたいに言いながらおれの斜め前に腰掛けた。
なつかしかった。彼女の口癖だ。

俺「おばちゃん、変わってないなぁ」
N「あらーうれしいこと言うじゃないwこれでも年取ったのよーw」
俺「1年ちょいじゃんかw」

新しい学校のこと、俺の新しい地元のことなど、しばらく話をした。
すると彼女が唐突に切り出した。
N「…ところで、Yとはどうなったの?」
俺「え…?聞いてないの?」
N「アンタと付き合い始めてから、そっとしとこうと思ってあんまり連絡取らないようにしたの」
俺「えと…別れたよ。夏頃」
N「…そっか」

ふと気になって聞いてみた。まだ罪悪感は残っていた。

俺「…Yはどうしてる?」
N「お互い高校決まってから、ぜんぜん連絡とってないよ?」

少しホッとした。
YがNに俺のことを話していたら、Nにも嫌われるんじゃないかと思ったから。

…ところが、ホッとしたのもつかの間。俺はこの後とんでもないことを知らされることになった。
N「そうそう、Yは“△△付属女子高校”に行ったんだよ」
俺「…え!?」

その時、後ろでNを呼ぶ声がした。

「あ、いかなきゃ。じゃまたね。そうだ、番号教えてよ!」

彼女と携帯の番号・アドレスを交換し「またね」といって別れた。Nと会えたことで敗けた悔しさは忘れていたが、今度はまた別のモヤモヤが残っていた。

“△△付属女子高校” …俺と同じ大学の付属女子高校で、同じ大学に進学する。

俺のいた学校から、俺の高校に進学したのは、俺の代では俺ひとりだ。
それくらい、あの地区から遠いあの学校に進学することは珍しい。もしかして…

…これ以上は考えたくなかった。湧き上がる不安を覚えつつも、俺はNとの再会であの時あきらめたあの想いが蘇るのを感じていた。
「はい!…お返しとかぜんぜん気にしなくていいからねw」

高校2年のその日、Nからチョコレートをもらった。

夏に再会を果たし、その後連絡をとって何度か会うようになった。
Nとの関係が友達から恋人へと昇華した時の詳しい経緯は、思い出すだけでも赤面してしまう。

ともかく、俺は幸せだった。…でもやっぱり、その日が近づくとどうしても不安になってきた。
かといってNには心配をかけたくなかったし、Yにしてしまったことへの罪悪感もあって、俺の抱える“罪”や“不安”は、Nには黙っていた。

その年も杞憂に終わった。“白い箱”は届かなかった。
チョコレートは、料理のあまり得意ではないNが苦心して作ったであろう、ちょっといびつなトリュフだった。
かなり苦かったが、嬉しくて誰にもあげずに全部食べた。
ホワイトデーのお返しには、バイトで稼いだなけなしの金をはたいてペアリングを送った。
「うわー。無理すんなって…w」とか言いつつも、安物の指輪に涙を流してくれたNを見て、もらい泣き寸前だった。

そして何事も無く高校3年生になった。

Nは大学受験を控え、部活を辞めた。
俺は、高校に入学したときに大学進学が決定していたので部活を続けることはできたが、彼女が大好きな弓道を辞めたから、俺も辞めた。
それでも、バイトしたり何なりで、忙しいことには変わりなかった。
彼女は受験勉強の合間にちょくちょく電話をかけてきた。
ほとんどは学校での出来事・テレビ・デートの約束といったなんでもないような話題だったが、時折暗いトーンで受験への不安を話したり、日々のストレスを怒りという形で俺にぶつけることもあった。
受験をしない俺にはどうしていいかわからないというのもあったけど、とにかく「うん、うん」と聞き役に回るよう努めた。

梅雨のある日、彼女は泣きながら電話をしてきた。大雨の向こう、桜木町まで来ているという。
「すぐに行くから、近くの店に入って待ってて」と言い、あわてて家を出た。

駅に着くと、Nは屋外にある大きな案内板の前に傘を差して立っていた。
俺「店で待ってろっていったのに…」
N「うん」
俺「…大丈夫?」
N「…うん」
俺「…とにかく、歩こう?」

彼女の手を引き、汽車道を歩いた。この辺りには、デートで何回か来た事があった。
ワールドポーターズまで来てみたものの、とてもじゃないが映画を見る気分ではなかったので、とりあえずお店に入ることにした。

運ばれてきたハニートーストを見ても、彼女は手をつけようとしなかった。
本来なら、甘いものが大好きで、ケーキやパフェを見るとテンションが1段階高くなる子だけに…その様子から重症であることが伺えた。

俺は慌てて薄着で出てきたため、店の空調は少し肌寒く感じた。コーヒーを飲みながら、彼女が自分から話すまで待つことにした。
「ごめんね」

彼女がようやく口を開いた。

「高校受験に失敗した事、思い出しちゃったw」

努めて明るく振舞おうとする姿が痛々しい。

「なんか毎日勉強ばっかりしてたら、気が滅入っちゃってさ。イヤなことばっかり考えちゃう。でも、元気でたよ。ありがと」

結局、ハニートーストを半分残したまま店を出た。

ワールドポーターズを、手をつないで歩く。
彼女はまだいつもの元気を取り戻していなかった。

そんな様子を見て俺は、一抹の不安を感じていた。
「…あのさ、前からあれに乗ってみたかったんだけど、いい?」…嘘だ。
俺は高いところが大嫌いだ。観覧車なんて、絶叫マシーンだ。でも彼女のためなら…。

俺「ごめん…やっぱり怖い…」…ダメだった。まだ1/4くらいのところで。
N「はぁ?高い所ダメなの?w」

彼女が席を立った。ストップ。揺らさないでくれ。頼む。
向かいに座っていた彼女は、隣に座って腕にしがみついてきた。
普通の男なら腕に当たる柔らかい感触にドギマギするとこなのだろうが、俺はそれどころではなかった。
窓の外は雨。イルミネーションがキラキラとしていた。

ようやく地面に足を着いたとき、俺はもうグッタリしていた。
桜木町駅へと向かう間もずっと、彼女は腕にしがみついていた。
どうやら少しだけ元気を取り戻したようだ。体を張った甲斐があったというものだ。
俺「じゃあ、もう遅いし、帰ろうか?」
N「…イヤだ」

どこかで見たようなシチュエーション。…そうか、Yと初めて繋がったあの日か。

…根岸線の下り電車で石川町まで行き、そそくさと建物の中に入った。

「…わかんないよ…」俺だってわからない。

とりあえず案内板を読んでボタンを押すと、鍵が出てきた。エレベーターに乗って0503号室へ向かう。

「へぇ。結構広いじゃん…」彼女はなんだか楽しそうだ。
こっちは心臓がバクバクしてるというのに。いざとなったら女のほうが肝が据わっているそうだが、なるほど実感した。
とりあえず並んでベッドに腰掛けた。

俺「…いいの?」われながらアホな質問をしてしまった。
N「なにをいまさらw」

彼女は頬にキスをし、「シャワー浴びてくるね」と言ってバスルームへ向かった。
…と、すぐに「お風呂ためていい?」と、大きな声が聞こえてきた。

お風呂に湯を張っている間はずっと、キスしたり、有線をいじったり、テレビをつけたり、ふたりして初めてのラブホテルを楽しんだ。

お風呂が溜まった。俺が先に入ることになった。
歯を磨いて体を洗っていると突然「はいるよー」という声がした。
このときばかりは油断していたから、不意打ちをくらって慌ててしまった。
彼女が入ってきた。
小さなタオルで肝心な部分は隠しているものの、その女性的なラインはくっきりと表れており、思わず見とれてしまった。

N「こら、見すぎだってw」
俺「N、おっぱい大きいな…」
N「なにそれ皮肉?どーせBカップだよッ!w」

彼女いわく「そんなことない」そうだが、それでも俺が彼女の胸をみて大きいと素直に思った理由は、Yとの事があったからだろう。
まだ幼さの残るYの体型に比べ、Nのそれはまさに大人だった。

N「いいからあっち向いてよ。背中洗ってあげるからさ。」
俺「…ん」

その後、交代して彼女の背中を洗い、俺は一足先に湯船に浸かって彼女を見ていた。
やがて彼女も体を洗い終えた。俺は交代するつもりで湯船から出ようとしたが「え?まってよ、一緒にはいろうよ?」と止められた。
俺と同じ向きで、俺に寄りかかる形で彼女が入った。
俺は彼女の体に手を回し、彼女のおなかの前で組み、しばらくそのまま無言で抱っこしていた。

ふと、彼女が言葉を漏らした。

N「…好きだよ」
俺「…俺も好きだよ」

俺「…そろそろあがろう?もう俺やばいよ」
N「知ってるwずっと背中にあたってるw」

そういう意味ではなく、単にのぼせそうなだけだったのだが、黙っていた。
風呂から上がると、体もよく拭かずにベッドに入った。そして、初めてディープキスをした。
のぼせるような感覚は、長いこと湯船に浸かっていたせいだけではなかった。

しばらく舌を絡めた後、俺は彼女の首筋に軽くキスをした。
噛み付きたいくらいきれいな首筋。あのときばかりはドラキュラの気持ちが理解できた。
時折漏れる彼女の「んっ」というくぐもった声を聴いていると、なんだか不思議な感覚になった。

そうしている間もずっと、手は胸をまさぐっていた。
例えようの無い柔らかさ。ふわっとしていて、ハリがあって、先端はもうピンピンに勃っている。

彼女は背中側から抱かれる態勢が好きみたいだ。風呂の時と同じ態勢で、ひたすら彼女に触っていた。
N「ん…ね、おっぱい気に入った?」
俺「…」必死だった。
N[ふふっ…w]

左手で胸を弄ったまま、彼女を横たえた。
そして荒くなってきた息のもれる彼女の口を口で塞ぎ、その後は徐々に下がって、彼女の胸の先端にある突起にしゃぶりついた。

「ふぁ…」彼女は時折、可愛い声をあげた。
俺は俺で夢中になって、それはもう乳首がふやけるのではないかと思うぐらい、むさぼっていた。

「こらこら、おっぱいばっかり…w」舌の動きを止めて顔を上げると、ピンク色に上気した彼女の笑顔があった。
よかった。いつもの明るい笑顔だ。思わず俺も微笑んでしまう。
すると彼女は、俺の首に手を回し、上体を起こしてキスをしてきた。
そのまま少し体勢をかえ、向かい合う座位の形になった。相変わらず彼女は俺の首を引き寄せて舌を絡めていた。
そうしている間ずっと、俺のあそこは彼女の腹部に触れており、その感覚がとても気持ちよかった。
彼女の舌が俺の舌から離れ、糸を引いた。それを見て彼女とふたりでクスッと笑った。
そのままゆっくり彼女を倒した。たまたまそこにあった大きな枕が彼女の背中の下でクッションになり、彼女の上体が少し起きた形になった。
俺の両足は、その状態では、彼女の両足の間に入っていた。つまり、彼女は自然と股を開いていた。
俺の舌は、口、首、鎖骨、胸、乳首、脇腹、へそ、そして茂みへと這っていった。
彼女の茂みに差しかかったところで「はむっ」と茂みをくわえ、引っ張ってみた。彼女は一瞬腰をピクッと浮かし、反応した。嬉しかった。

やがて俺の目の前に、彼女の最も秘密で、そして最も濡れている部分が現れた。
クリトリス…。想像していたより小さい。
とりあえず、舌先で小突いてみた。

「ふあッ…!」彼女は大きな反応を見せた。

俺「…気持ちいいの?」
N「バカwそんなこときくなっ!」
俺「ってか、すごい、綺麗だ…」
N「…ちゃんと顔見て言えって…!」

彼女は何か言っていたが、俺は最後まで聞かずにそこにしゃぶりついた。
汗の味のする愛液と、ほんのり香る彼女自身の匂いのなかで、全神経を口に集中させて刺激した。
小さな突起を吸い上げ、舌先で摩る。ヒクヒクと蠢くヒダにキスをし、膣口に舌を這わせる。そして彼女の反応を楽しんだ。
すぐに彼女の腰は俺の舌から逃げるようにビクビクとうねり、やがて彼女は俺の頭を手で強く押さえ、その大きな波を迎えたようだった。
大粒の涙を目に、時折ビクッと痙攣しながらも必死で呼吸を整える彼女を、俺は黙って見ていた。
そして彼女と目が合った。俺は彼女と目を合わせ、無言で置いてあったコンドームを被せ、今にも破裂しそうなペニスをあてがった。

苦痛と快楽が入り混じる彼女の表情に、俺はある種の達成感を感じていたように思う。
俺の全てが深々と突き刺さったそこは狭く、灼けるようだった。
少しでも気を抜くと意識をすべて根こそぎもってかれそうな、そんな快感の中で必死に耐えていた。

やがて射精の予兆は少し収まり、俺の中に多少の余裕がうまれた。
と同時に、それまで自分の事に精一杯で彼女への気遣いを忘れていた事を思い出した。
俺「…痛いのは収まってきた?」
N「…うん」
俺「じゃ、動かすよ」
N「あ…待って…!」

そう言うと彼女は両腕を大きく広げた。俺はそれに答えるように上体を屈め、彼女にキスをした。
彼女は俺の脇の下から腕を入れ、両肩をしっかりと掴んだ。

上半身も、下半身も、全身が繋がった。
俺はゆっくりと腰を動かした。
そのたびに結合部からは、水気を帯びた淫靡な音が響いた。
俺が奥を突くと、彼女はより強く肩を掴んだ。時折立てた爪が食い込む痛ささえも気持ちよかった。

そうこうしないうちに、おおきな予兆が俺を襲った。
俺は最後の力を振り絞るようにして彼女の奥まで突き立て、果てた。
膣でなおドクドクと湧き上がってくる感覚は、まさに快感そのものだった。

やがて射精がおさまり、ゆっくりと彼女の膣から引き抜いた。驚くべき量の精液が放出されていた。

俺は全身の力が抜ける感覚を味わい、彼女の胸の上に体を預けた。
しばらくふたりで呼吸を整えていると、彼女が俺の頭をそっと撫でた。

目をつぶるとすぐに睡魔に襲われた。
目を覚ますと、彼女は俺の腕を枕にすやすやと眠っていた。あれからどれくらい時間がたったのだろうか。右腕はとうに痺れている。
彼女の額に軽くキスをすると、彼女は目を覚ました。

その後、しばらく思い出話をした。
ずっと片思いをしてたこと。あのときNがYを助けたことに落胆したこと。
どこか面影を求めて弓道部に入ったこと。再会したときは本当に嬉しかったということ。
戸惑うNに何度もお願いして付き合ってもらったとき必死だったこと。

そして、心から「好きだよ」と言い、もう一度キスをして再び眠りについた。

この時俺は、幸せの絶頂にいた。NといればYのことも吹っ切ることができると信じていた。
…まさかあんな事件が起こるとは、これっぽっちも思っていなかった。
例年よりも長く続いた梅雨が明け、また暑い夏がやってきた。
俺とNは、一線を越えた後もそれまでと同じように付き合うことが出来た。

Yとは体で結ばれても、俺の心がYの方を向いていなかった。だからうまくいかなかった。
ゆえにNとの関係がこれまで通りであった(あるいはそれ以上に近しくなった)ことは、嬉しかった。
文字通り「身も心も結ばれた」と、俺は思っていた。

Nは大学受験を控えていたため、四六時中一緒にいるということはなかったが、たまに気分転換と称してデートしたり、身体を重ねたりすることで、俺はYの事を忘れる…とはいかないまでも、気にしないようになった。
件名:HappyBirthday!!
本文:誕生日おめでとー☆これからもよろしく!

Nからメールが届いた。
(Nらしいな、日付が変わる瞬間を狙ってメールしてくるなんて)
俺はすぐに返信のメールを送った。

俺[Thanx。18歳かー。年取ったなー]
N[それはとっくに18になってる私へのあてつけですかコラ(^^#)]
俺[……。…そんなことより、今日ついでに買い物したいんだけど、いい?]

今日は彼女と会う予定だった。
N[OK。じゃあ、ちょっと時間早めにしよっか。3時でいい?]
俺[おう。それじゃ、おやすみー]
N[おやすみー]

読みかけの文庫本にしおりを挟み、枕元にあるスタンドの明かりを落とした。
真っ暗な部屋の中。夕方になって降りはじめた雨の音が、しとしとと響いていた。

ベッドに入ると、すぐに眠気が襲ってきた。意識が夢と現実の間をゆらゆらと泳いでいたその時…

『*********!!』

携帯が鳴った。メールだ。
突然の電子音に少し驚き、悪態をつきながら眼鏡をかけ、携帯を手に取った。
眠気が一気に吹き飛んだ。

件名:(NoTitle)
本文:ひさしぶり。誕生日おめでとう。 ――Y

知らないアドレスからのそのメール、送り主は…Yだった。

俺は混乱した。
なんで突然メールを…?
なんで俺のアドレスを…?
これは返信したほうがいいのか…それとも、そのまま放置するほうがいいのか…?
確かにあのとき別れたよな…?
子供もできなかったし、あんなひどい別れ方をした俺に固執する理由もないよな…?
いろいろと悩んだ結果、とりあえず保留することにした。
その場は“もう寝てた”ことにすればいい。そして、明日Nに相談しよう…。

Nには極力、迷惑や心配をかけたくなかった。
…しかしながら、俺ひとりではもうどうしようもないと思った。
今までの俺の対処法は、どうやら裏目にでている。現にYはこうしてメールを送ってきた。

明日Nに全てを話そう。俺の罪を知って、Nが俺のことを嫌いになっても…辛いけど、仕方の無いことだ。

そう決意し、眠ろうとした。
雨のおかげで部屋の中は涼しかったが、なかなか眠ることはできなかった…。
「おにーちゃん…?もう昼だよ。今日はデートでしょ…?」

ドアを少しだけ開けて、妹が顔を覗かせていた。時計を見ると、もう12時を回っていた。

俺「…ん。目覚しかけるの忘れた…。サンキュ」
妹「ごはんできてるよ」

結局、昨夜は何時くらいに眠りについたのだろう…?昼まで寝ていたというのに、まだ眠かった。
シャワーを浴びて食卓につくと、母が話しかけてきた。

母「あんた、今日のデート終わったらNちゃん連れてきなさい」
俺「…はぁ?」
母「Nちゃんにも一緒にケーキ食べてもらったら?」

初めてNをうちに連れてきて以来、家族はNに好意的だった。
両親ともNのことをえらく気に入っているし、妹とは時々メールをするような仲だった。
今日がデートの日だということも、N→妹→家族 という流れで伝わっていたようだ。

「…んー…わかった……」

昨夜の決意もあって、俺は気の抜けた返事しか返せなかった。
電車にのっている間はずっと、嫌な未来の想像ばかりが膨らんだ。

汐入駅で電車を降り、待ち合わせの場所へ向かった。20分前だというのに、Nはすでに着いていた。
俺と目が合うと、彼女はにこっと笑って小走りで寄ってきた。
その様子を見て思った。

(…やっぱり…失いたくない)

考えてみれば、なにもNに話す必要はないじゃないか。
これは俺とYの問題だ。俺自身で解決するべき問題なんだ。
そうだ「夜に書いた手紙は朝に見直せ」というやつだ。きっとあの時は気が動転して、正しい選択ができなかったんだ。

…そう自分に言い聞かせた。結局、俺の決意は崩れた。
欲しかったCDを買って、映画を見た。
ふたりのお気に入りのアイスクレープを食べているとき、母に言われたことを思い出して彼女にきいてみた。

俺「…あのさ、これからうち来ない?」
N「え?いいの?」
俺「うん。なんか張りきってケーキ作っちゃってるみたい」
N「いくいくーw」

母に電話し、自宅へと向かった。
ここへ来るときと同じ電車だったが、今度は明るい未来ばかりを想像していた。
やっぱり言わなくてよかった。
1階からはまだ、母の電話する声が聞こえていた。
みんなでご馳走を囲んでパーティーをしたあと、Nは家に電話し、今夜はうちに泊るということを伝えた。
そしてそのまま母に代わり、かれこれ30分近くNの母親と長話をしていたのだ。

隣では、Nと妹がゲームで盛り上がっていた。俺はベッドに横になって、その様子を眺めていた。

昨夜届いたYからのメールの事が少し気にかかっていた。

改めて考え直してみても不可解だった。どういった経路で俺のアドレスが伝わったのだろう。
部活?…いや、Yの学校には弓道部はないからそれはありえない。
Yに会うのが気まずくて学園祭には行かなかったから、△△付属女子高校に知り合いはいないし…。
同じ付属高ということで何度かあった合コンの誘いも、全て断ったし…。

そんなことを考えていたら、唐突にNが切り出した。
N「そうそう。Yからメールきたでしょ?」
俺「え…!?来たけど、なんで知ってんの!!?」
N「こないだ偶然会ってさー…」

彼女の話によると、こうだ。
Yとは地元で偶然会った。少し話をしているうちに、俺の話になった。
もともと俺がYと付き合っていたこともあって気まずいとは思ったが、今現在俺と付き合っていると言う事を話した。
でも彼女はそのことを知っていて、笑顔で「私は気にしないよ」と言った。
その後、『そういえばもうすぐ誕生日だね』という話しになって…

N「…そしたらYが『お祝いのメール送りたい』ってアドレスきいてきたから、教えた」
俺「そっか…」
N「で、ちゃんと返事したの?」
俺「…いや、まだ。届いたとき寝ちゃってて、タイミング逃した」
N「はぁ!?じゃあ、今すぐ返事しなよ!」

俺は迷った。妹はニコニコしながら俺とNのやりとりを見ていた。

俺「…でも、なんか、気まずくね…?」
N「何が。Yはもう気にしてないみたいだし、またフツーの友達に戻りたいんじゃないの?」
俺「…そういうもんかなー…」

それでも渋る俺を見て、Nと妹は「サイテーねーw」と声を合わせ、ゲームを再開した。

友達として…か。そういうものなのかな。だとしたら、俺って最低だな…。
俺「…よし、送った」
N「うむ」

[返事遅くなってごめん。ありがとう。突然でビックリしたけど、うれしかったよ。]
当たり障りの無いメールを送った。

その時、お風呂の準備ができたという母の声が聞こえた。
Nは妹に「一緒にはいろっか?」といい、ふたりで降りて行った。部屋には俺ひとりが残された。

『**************!!!』

突然、携帯電話が鳴った。…メールじゃない、電話だ。
背面液晶には、知らない番号が表示されていた。

俺の嫌な予感は的中した。電話は、Yからだった。
俺「…もしもし」
Y「…あの…私…」
俺「…おう。えと、ひさしぶり」
Y「…うん、ひさしぶり。…ごめんね、突然電話して」
俺「…いや、いいよ」
Y「…」
俺「…」

電話の向こうのYは、相変わらずだった。俺は沈黙に耐えかねて口を開いた。

俺「あの…元気してた…?」
Y「…うん」
俺「…」
Y「…」

また話題が途切れた。
俺「あのさ…ホント、ごめん、あんな最悪な別れ方して…」
Y「…ううん。いいの。最後に好きって言ってもらえたから…」
俺「(…?)…そっか。あの、ごめんな。…えと、俺、今、Nと、その…付き合ってるんだ」
Y「…うん。知ってる。でも、大丈夫。私は気にしないよ」
俺「…ありがとう」

なんだかいまいち反応が薄い気がしたが、とにかく言うだけのことは言った。そう思ったとき…

Y「…あのね、私まだ○○のことが忘れられなくて…いまでも…好きなの…」
俺「…は?…いや、だから、おれはNと付き合ってるって…」
私「私は気にしないからっ!!」

これまで聞いたことのない、Yの大きな声に、俺はひるんだ。
Y「私は…気にしないから…また、付き合って…欲しい…」
俺「(…え!?『気にしない』って、そういう意味!?)いや、あの、だから俺は…」
Y「…お願い…」

電話の向こうで、Yは泣いているようだった。
俺の中を恐怖が駆け巡った。これは…この流れはマズい…!!

その時、風呂からあがったNと妹が、楽しそうにおしゃべりしながら階段を上ってくるのが聞こえた。

「ご、ごめん!えと、あの、ごめん!」

パニックになって、慌てて電話を切った。そして、携帯電話の電源を落とした。
N「お風呂お先?w」
妹「おにーちゃん、ちゃんとメールしたー?」
俺「…おう…」

ようやく、忘れかけてたというのに、Y、なんなんだよ…。『付き合ってくれ』だって…?…ワケが…わからないよ…。

妹「Nちゃん、アイスたべよーよ」
N「あ、食べる食べるーw…ほれ、アンタもお風呂入ってきちゃいなよ」
俺「…ん…ああ」

熱い湯船に浸かってみても、少しもさっぱりしなかった。

…その頃になると、俺がこれまでYに対して抱いていた罪悪感は、そっくりそのまま恐怖へと形を変えていた。
春になって、俺は大学生になった。

Nは無事に大学受験を乗り越え、都内の大学に通うようになった。それにともなって、彼女は学校の近くに部屋を借り、ひとり暮らしを始めた。
俺は実家から通っていたが、お互いの大学が近いこともあって、彼女の家に半同棲するような生活を送っていた。

俺達が大学生になったということ…それは同時に、Yも大学生になったということを意味していた。
同じ付属校から、同じ大学への進学。俺はいつ、どこでばったりと出くわすか、不安だった。
(もっとも、これは後になって知った話だが、俺とYは学部が違って校舎のあるキャンパスが離れていたため、構内で会う可能性はほとんどなかったのだが)

あの日、Yからあんなことを聞かされてからずっと、俺は連絡をとらずにいた。
翌日に携帯電話の電源を入れてからしばらくはビクビクしていたが、彼女から電話をかけてくることはなかった。
…俺にとって、Yの沈黙は、まるで真綿で首を締められているような、そんな感覚だった。
5月10日。
その日、俺はNの家で誕生日を祝うことになっていた。

俺はプレゼントを持って、彼女の家へと急いだ。サークルの集まりが長引いて、予定していた時間に遅れていた。

早稲田駅で降りると、さっきまでポツポツと降っていた雨は止んでいた。
途中でコンビニに寄り、ビールと、彼女の為のチューハイと、…今夜必要になるであろうモノを買った。

彼女のマンションの合鍵は預かっていたが、玄関先でインターホンを押すのが俺の中でのルールだった。

N「はーい」
俺「ん、あけてー」
N「いまあけるねー」
ガチャガチャと鍵が外れる音がして、ドアが開いた。

俺は、目を疑った。

そこに立っていたのは、Yだった。

Y「…久しぶりだね」
俺「…え…あ……?」

奥からNが叫んだ。

「ほら、なにやってんのー!早く入りなよー!」
N「ビックリしたでしょー!?」
俺「…おう」
Y「ちょっと前にNに会ったとき、今日のことをきいたの」
俺「へ?…そう、何?ふたりは…ちょくちょく会ってたの…?」
N「時々ね。1ヶ月に1回くらいかな?いいから、お酒!飲むよ!」

3人で乾杯をし、ケーキを食べた。
YとNは何か喋っていたようだが、俺はとにかく飲むしかなかった。話しかけられても適当に相槌を打って、ひたすら飲んだ。
いつもはおいしいはずのお酒が、その日はひどく不味いものに感じた。それでも、普段の俺ではありえないペースで酒をかきこんだ。
酔わなきゃ…酔わなきゃ…と、そればかり考えていたが、全然酔えなかった。
ふと意識が戻った。

腹の上には、タオルケットがかけられている。
…どうやらいつの間にか寝ていたようだ。

頭痛がひどかった。
それも当然だ。覚えているだけでも、あれだけの量を飲んだのだから…。

少しずつ状況を理解していくも、体を動かすことが辛かった。
時間は…どうやらまだ深夜のようだ。
左手が痺れていたことに気付き、俺は寝返りをうった。

背筋が凍った。
部屋の中は真っ暗だった。
ただ、少しだけ開いたカーテンの間から月明かりが差し込んでいて、そのせいで窓際だけが青白くぼんやりと光っていた。

そこにいたのは、Yだった。

彼女はそこに座り、微笑みを浮かべ、俺を見下ろしていた。
彼女の透き通るように白い肌は、月の光の下で死人のような冷たさを魅せ、その表情は、微笑みこそたたえているものの、まるで能面のようだった。

そしてなにより恐ろしかったのは、その、目。

俺が彼女の姿を見たのは一瞬だったが、あの目だけは、今でも脳裏に焼き付いている。
俺は必死で目をつぶっていた。

やがて、ずるずるという何かが這うような音が聞こえ、顔の前に気配を感じた。

(目を開けちゃダメだ…目を開けちゃダメだ…)俺は頭の中で唱えていた。

左の頬になにかが触れた。

彼女の唇だった。

そして、彼女は耳元で囁いた。

「…あのときの返事を…きかせて…?」
俺は目をつぶったまま(ごめん…ごめん…)と頭の中で呟いていた。

彼女は「…ふっ」とため息をつくように笑うと、ポツリと言った。

「…………ごめんね……」

やがて、彼女が自分の場所へ戻って行く気配を感じた。

恐る恐る目を開けると、彼女は立ちあがって窓の外を眺めていた。

月に照らされる彼女の肌、髪、肩、彼女の全て、この世のものとは思えないほど綺麗だった。
翌朝、Yは何事も無かったかのように帰った。

俺は二日酔いがひどいふりをして、Nのベッドに横になっていた。
昨夜の恐怖がまだ残っていたため、彼女に側にいて欲しかった。
頭が痛いと弱音を吐いてみたり、水を持ってきてもらったり、彼女にとことん甘えた。
彼女は学校を休んで、ずっと一緒にいてくれた。

そうしている間も、俺はYの事を思い出していた。
あの月明かりに照らされた後姿…そこには、うまく言い表せないが、決意めいたものが感じられた。

俺は、胸の奥に、何か言いようの無い不安を感じていた。
俺「…なぁ、N。ちょっとこっちきて、話を聞いてくんない…?」
N「ちょっと、なに弱気になってんのw」
俺「いや、大事な話なんだ」
N「…わかった、ちょっとまってて。今行くから…」

彼女は食器を洗うの中断し、ベッドに腰掛けた。それに合わせて俺も体を起こした。

N「…で、何…?」さすがに彼女も緊張しているようだ。
俺「…あのさ、Yのことなんだけど…」
N「…うん」
Yに気持ちが向いていないのに付き合い始めたこと。なかなか本当のことを伝えられないままズルズルと過ごしてしまったこと。
挙句の果てに、欲望に負けてセックスをしてしまったこと。それによって背負うことになる責任を恐れ、逃げ出したこと。
結果、一方的な別れ方で彼女を傷つけてしまったこと。

Nに、これまでにやってきた自分の罪をあらいざらい話した。

N「知らなかった。そんなことがあったんだ…」
俺「…うん」
N「…そりゃまぁ、あんたのやった事は男としては最低だけどさ、仕方…なかったんでしょ?」
俺「…」
N「それに…私も何も考えずにYの相談に乗っちゃったりしてさ、私も悪いじゃん?」
俺「…いや、そんなことない」
N「とにかく…Yも気にしてないって言ってんだし、ね?」
俺「それが…まだ終わってない…」
N「へ?」
俺「Yはまだ…」

俺はYと別れた後に起こったことを話した。もちろん昨夜のことも。…そして、俺の抱いてる不安についても。

N「…えと、それって…」
俺「…うん。…だから、もしかしたらNにも迷惑がかかるかも…って」
N「…もし、そうなったら…助けてくれるよね?」
俺「あたりまえだろ!」
N「じゃあ…大丈夫…」
俺「…とにかく、もうYと会うのは止めてくれないか?」
N「…うん。わかった。そうする」

こうして、俺はNに全てを伝えたのだった。涙が止まらなかった。
あの夜、最後に見たYの、悲しそうでどこか決意めいたものを感じさせるその後姿が忘れられないでいた。

俺は東急ハンズで小さなアーミーナイフを買い、常に携帯するようにした。
それは、もしもNや俺の周囲に危害が及びそうになったら俺は躊躇せずにYを刺す、そういう決意の表れだった。
例え自分がどうなろうとも、Nだけは失いたくなかった。
あの夜の出来事は俺をとことん追い詰め、こんなことばかり考えるまでに精神は衰弱していた。

NはNで不安だったようだ。自分自身もかなり参っているというのに、頻繁に電話を掛けてきては俺の心配ばかりしていた。
見かねた俺はある日、Nに言ってしまった。…辛かったら、別れてもいいんだよ?
するとNは涙を流し「なんでそんな事を言うの!?」とものすごい勢いで俺を責めた。
「ごめん…ごめん…」と、平謝りするしかなかった。
やがて、Yから何の音沙汰も無いまま、俺たちは4年生になった。

お互い就活を終え、あとは卒業するだけだった。
バイトで貯めた貯金を崩して、ふたりで卒業旅行にでかけたりもした。
お互い初めての海外旅行だったが、Nは英語をかなり喋れたので苦労することはなかった。

向こうのホテルで、俺たちはけじめをつける意味でYの事を語り合った。
それまではずっと、ふたりともなんとなく話題にすることを避けてきていた
…ストーカーっていうのは、みんなドラマみたいな行動に出るものだと思っていたよ。
だから、俺とYの関係ががあんなことになって、Nや周囲の人に危害が加わるんじゃないかって、不安だった。

…でも、Yからはもう長いこと音沙汰が無いよね。もしかしたら、Yはストーカーっていうよりも、単に不器用なだけだったのかもって思うんだ。
多分、ずっと○○のことが好きだったんだよ。それをうまく表現できなかっただけかもね。

…当時は責任を負うのが怖くて逃げたつもりだったけど、結局はこういう形で責任を取ることになったな。

…うん。でも○○はもうこれだけ悩んだんだし、きっとYも許してくれるよ。
やがて前期が終わった。
旅行から帰った後は、俺もNも落ち着きを取り戻していた。…そして

その日、俺はサークルの飲み会に参加していた。
後輩達と一緒に、おいしい物を食べ、おいしいお酒を飲んで、語り合った。

「○○さん、ちょっと早いけど、お誕生日おめてとうございまーす!」…そうだ、明日は俺の誕生日だ。

思えば誕生日を安心して迎えられるのも、ひさしぶりだ。…日付がかわる頃にはメールがくるだろうな。

案の定、日付が変わった瞬間に携帯電話が鳴った。

そして、俺は、物語がまだ終っていないことを知った…。
…そして現在に至ります。
実はこのあとYとは、Nを交えて再会したんですが、とくにこれといったことはなく、あえて書こうとするとどうしても波乱のストーリーを作りたくなるので、ここで終わらせました。

お粗末さまでした。最後まで付き合ってくださった方、ありがとうございました。

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