笑顔が見たいから

2019/02/06

「晴(ハル)ちゃん!ハンカチ持った!?」「持ったぁ」「ティッシュは!?」「おっけ」「お弁当は!?」「もー…持ったって」毎朝毎朝。朝から疲れる。
つかさ。
アタシ、もう高校2年生だよ?17歳だよ?
小学生じゃあるまいし、いちいち持ち物チェックなんかしないでよ…。
靴の紐結んでる間も、後ろでソワソワしてるし。
アタシの事心配してるのは嬉しいけど、さすがに過保護だって。ねぇ、義母さん。「き、気をつけてね!
ちゃんと信号は青になってから渡るんだよ!」「…馬鹿にしてる?」「してないよぉ!私はただ、晴ちゃんが心配で心配で…うぅ〜…」
な、泣かないでよ朝っぱらから!!!
あぁもぉ…世話の焼ける!
一応アタシの母親でしょっ!仕方ないな…。
じゃ、いつもの挨拶を…。
「…行ってくるね、桜」
ちゅっ。頬っぺたにキスして、ニッコリ笑う。顔を真っ赤にしてる義母さんの頭を撫でて、アタシは急いで家を飛び出した。
これが、毎朝の日課。父さんが死んだ日から、アタシが義母さんの心の傷を癒す毎日。うちの家はいろいろ事情があって、アタシと義母さんの二人暮らし。
つっても義母さんは、アタシと10歳しか年が変わらない勿論義母さんは、父の再婚相手なわけで。
アタシを産んでくれた母さんは、アタシが小さい頃病気で亡くなった。
それから父は、アタシを男手一つで育ててくれた。
んでも5年前、父が新しい母親を連れてきた。当時12歳だったアタシは、すごく喜んでた気がする。ようやく、アタシにも母親が出来たから。
…でもさ。
少し冷静になれば、すぐ分かったんだよな。
アタシとアタシの母さんは、10歳しか年が変わってないって。
義母さんは今、27歳。
アタシが17歳。
うわぁ、母親にしては若すぎだよ。
つか有り得ねぇ!
だからアタシ達は、血は繋がっていない。
でも、それでも義母さんは、アタシを本当の子供のように育ててくれた。「…後はあの天然さえなければ、最高の母親なんだけどなぁ…」
思わず、大きなため息を溢してしまった。
「おっはよ、晴!なぁに朝っぱらからため息なんてついてんのぉ!」「…出たな、ハイテンション女」
ドンッ、と後ろから思い切り叩かれ、吐きそうになった…。
何でこいつは、朝からこんなに元気なんだ…。
「おはよう、涼音(スズネ)」ハイテンション女、もといアタシの幼なじみは、子供のように笑っている。涼音はアタシの隣に住んでる奴で、唯一アタシの家の事情も全て知っている。
まぁ、幼なじみで親友だ。「どしたぁ?晴がいつも朝から疲れてるのは知ってるけど」「義母さんがウザイ…」「また心にもない事を」「だって過保護すぎるんだよ!?
毎朝毎朝持ち物チェック…アタシは小学生かい!!」
つい一人でツッコミを入れてしまった。ヤバい。
アタシも涼音のハイテンションに汚染されてるかも。
「でも桜さん、いい人じゃん。
私もあーゆーお母さん欲しいよ」「1週間一緒に暮らせば、どれだけ過保護な母親かすぐ分かる」そりゃもう、嫌なくらい。「でも…晴ん家のおじさん亡くなってもう3年経つし、そろそろ桜さんも吹っ切れてもいいのにね」「…うん」
事故で亡くなった父さんは、未だに義母さんの胸の中に残っている。
義母さんの時間は、止まったまま。だからアタシが、父さんの分まで頑張っている。
それが今までアタシを大切に育ててくれた父さんへの、精一杯の恩返しだと思っているから。
義母さんを幸せにする事が、アタシの出来る恩返しだ。
「んでも晴、最近やつれたよ。休んでる?」「休んでる時間なんて無いよ」「駄目だよ、少しは休まないと…」心配そうに顔を覗かれたけど、アタシは精一杯笑ってみせた。きっとこれが、精一杯だった。多分アタシは、涼音の言う通り少しやつれたと思う。最近、あんま寝てないんだよねぇ…。バイトが忙しいし、勉強も頑張らないと。
いい大学入って、いい仕事就いて、義母さんを楽させてあげたい。
だから、アタシが頑張らないといけないんだ。
義母さんは何故か、右腕だけが麻痺してうまく動かない原因不明の病気。
そんな義母さんが仕事なんて出来るわけないし、家事だってやらせるわけにはいかない。
家の家事は全て、アタシの仕事だ。「晴、桜さんに心配だけはかけちゃ駄目だよ」「その点は抜かりない」「何かあったらさ、私もお手伝いするから」改めて思う。
アタシはいい親友を持ったなぁ。
昔から涼音には、迷惑かけっぱなしだ。
何度も助けてくれるし。…良し!
涼音に元気貰ったし、今日も1日頑張るぞっ!!アタシは自分に渇を入れるよう、ほっぺを両手で叩いた。「た、ただいまぁ〜…」はぁ…。
元気貰っても、バイトの後だとしおれてるよ…。頑張れアタシ…。「おかえり、晴ちゃん!」バタバタと走ってくる足音は、義母さんだ。いつも、アタシが帰ってくると玄関まで来てくれる。
「ただいま義母さん…。ご飯食べた…?」「ま、まだ。一緒に食べようと思って…」「え!?何でよ。食べててって言ったじゃん」せっかくバイト前に家帰って、ご飯作っといたのに。
アタシはいつも遅くなるから、さき食べてて良かったのにな…。
「次はちゃんと食べててね。分かった?」「う、うん…」「分かればよろしい」
うー…足が重い…。
自室まで行くにも、体力が持ちそうにない。
階段が地獄のように思えるし…。「…ねぇ、晴ちゃん」「んー…?なぁに?」「あのね…アルバイト、いくつやってるの…?」聞かれて、ドキッとした。
冷静に、冷静に…
「ふ、2つだよ」「嘘だよね。だって近所の人達が、いろ
んな所で働いてる晴ちゃん見るって」う…。
そりゃそうですよ。
2つなんて真っ赤な嘘で、本当は4つやってるから。
そのおかげでアタシは、1週間休み無し。
でもそんな事、義母さんに言えるわけなくて。休みの日は、遊びに行くって理由つけてバイトに行ってる。
仕方ない。義母さんに働かせるわけにはいかないし、高校生じゃそれなりの給料しか貰えない。掛け持ちするしか無い。「ねぇ晴ちゃん…。もう無理しなくていいから…」「無理してないよ」「だって晴ちゃん、私のせいで自由が無い!毎日ヘトヘトになるまで働いて、家事して、勉強して…。こんな苦労、晴ちゃんにかけたくないよ…!」はぁ…。
泣かないでよ…。今泣かれても、あやす元気も無いんだから…。
つか、誰の為にやってると思ってんのかな。「アタシは、父さんの代わりでいいんだよ」「え…?」「義母さんがいつまでも泣いてたら、きっと天国の父さんも悲しむから。アタシは、父さんの代わりでいいんだ」
頑張って、義母さんを笑顔にしたい。昔のように、笑ってほしい。アタシの好きな笑顔で。だから、父さんの真似事もしてみた。学校行く前、父さんみたいに頬っぺたにキスしたり。一緒に笑ったり、楽しんだり。
でも、それでも笑顔にならないんじゃ…アタシがもっと、頑張るしかない。努力が足りないだけ。
「無理なんかしてないよ。義母さんは心配しないで」「晴ちゃん…」
これ以上、義母さんの泣き顔なんて見たくない。
重い足を持ち上げて、走って部屋に向かった。
部屋に入った時、熱い物が頬を伝ったのがすぐ分かって…。
何でアタシ、泣いてるだろう…。そっか。
辛いんだ。毎日がじゃない。
義母さんに、父さんの代わりしかしてあげられない事が。
アタシじゃ、義母さんの本当の支えになってあげられないんだ…。
代わりしか、出来ない…。
そう思うと、勝手に涙が溢れた。「晴ちゃん…」「!」
まだ涙でボロボロの泣き顔なのに、いきなり義母さんが部屋のドアを開けてきた。
運良くベッドに顔を押し付けていたから、涙は見られてない…はず。「晴ちゃん…泣いてるの…?」見えないはずなのに、何故か義母さんにはバレていた。
ギシッ…と軽くベッドが軋む音。義母さんが、アタシの隣に寝ていた。
「いっぱい苦労かけて、ごめんね…。
私が駄目な母親だから…」「…違うよ…。義母さんは…駄目な母親じゃない…。アタシが、もっとしっかりしてれば…」
上手く喋れない。
人前で泣くなんて…父さんが亡くなった時以来だ。
でも義母さんは、アタシをしっかり抱きしめていてくれて。右腕…上がらないはずなのに、弱々しくだけどアタシを両腕で抱きしめている。
温かい。また涙が出そうになる。「私ね、本当の娘が出来たみたいで嬉しかった」「え…?」「晴ちゃんが居てくれるだけで、何度も…何度も救われたんだよ。
右腕が不自由な事なんて忘れるくらい、幸せだよ。今でもね」義母さんの優しい声が、直接耳に響く。強く抱きしめられて、少し恥ずかしかった。
「どうして今まで、気付けなかったんだろう…。
晴ちゃんは、あの人の代わりなんかじゃない。私の、かけがえのない大切な人だって…」「義母…さん」
顔を上げると、照れたような…はにかんだ笑みを見せる義母さんがいた。
こういう所、まだまだ子供っぽい。
「幸せだよ。あの人が居なくても、晴ちゃんが居れば、すごく幸せ」「……ホントに……?」「うんっ。だから、もう私の事で苦労しないで。
私は、晴ちゃんが居てくれれば、もうそれで十分すぎるくらい幸せなの」義母さんの優しい声に、また涙が出そうになる。
でも、もう泣いちゃ駄目だ。
これ以上は、義母さんに心配かけたくない。
「私も、内職から始めようかな」「…は!?いいよ、義母さんは仕事なんかしなくてっ!」「ううん、やりたいの。晴ちゃんと、一緒に幸せになりたいから」…なっ……何で義母さんは、こんな恥ずかしいセリフをサラッと…!!義母さんの笑顔は、まるで子供だ。無邪気で愛らしくて…
くそぅ。
父さんには勿体ない相手だ。
「…新しい恋、始めようかな…」「え!?義母さんが!?」「うん。いつまでもウジウジしてたら、あの人にも心配かけちゃうし」
…なにー…。
それは、アタシの新しい父親って事か…!?
こんな可愛い義母さんを取るなんて、絶対許さん!!「ね、晴ちゃん」「……え?」「大好き」「……え!?」
…相変わらず義母さんはぷにぷにした柔らかい笑顔で、私に抱きつく。
大好き、…って、どんな意味だろう…。
少しだけ、期待したいな。「…義母さん…」「ん?」「あのさ…アタシも…大好きだよ…」「じゃあ、結婚しよっか」「…は!?」
時々義母さんは、意味不明な事を言い出す。
「えへへっ。新しい恋、始まっちゃった」
「……えぇぇっ!?」…やっぱり、義母さんは何を言い出すのか分からない…。本気にして…いいのかな。父さん。
義母さんは、アタシが貰っても…いい?【笑顔が見たいから】

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