幼馴染の大○愛と

2018/07/26

高校時代の同級生、真希から電話があった。
「今度東京でてきてるツレだけでミニ同窓会するから、けえへん?」
「ほんまか、久しぶりやな。誰くるん?」
「女の子チームは4人くらいやと思うけど、男子にはそっちで声かけといてや」
「わかったわ、でもこっちも3~4人が限度やで?みんな仕事もあるしな」
「しゃあないわ、それは。タカトは来れるんやろ?」
金曜の夜なら仕事も切り上げられると思い、OKの返事をした。
そして金曜、真希が指定する駅前に、同級生の男3人と一緒に行った。
すると携帯が鳴った。
「タカト?先に店はいってるで、窓から見てるで!」
やけにハイテンションな真希からの電話をうっとおしいと思いつつ、
電話で聞いた洋風居酒屋に向かった。
ビルの5階にある居酒屋に入り、予約してある真希の名前を告げると、
店員が「少々お待ちください」と言い残し、店の奥へ消えた。
ちょっといらいらしながら2分くらい待つと、真希が携帯持ちながら出てきた。
「ごめんごめん、久しぶりやなぁ!とりあえず個室やし、こっち来てや」
まるで自分の部屋みたいに誘い入れる真希におれたちは苦笑し、
個室のドアを開けた。
部屋に入ったおれたちは、みんな同じ驚きを隠せなかった。
「愛きてるやん!」
そう、部屋の奥で既に靴を脱いでくつろいでいる同級生の中に、
シンガーソングライターとして活躍していて、もう手に届かなくなった存在がいた。
「おひさしブリーフ!貧乏男子諸君!!」
愛はテレビで見るのと同じ、高校の頃と少しも変わらない屈託のない笑顔で、
驚いているおれたちに手を大きく振った。
真希は、おれらを部屋の中に押して無理やり座らせた。
おれの背中を押して愛のすぐ隣に座らせた。
「ほんまひさしぶりやなぁ」
おれが愛の顔を直視できないまま座りながら言うと、
愛はさっきのはじけた感じとは裏腹に、ちょっとはにかんで恥ずかしがった。
「さぁさぁ!今日はおのぼりさんの久しぶり再開を祝して乾杯!!」
おれらが部屋に入ると同時に用意された生中をみんなでぶつけて乾杯した。
緊張したおれは一気に半分くらいぐいっと飲んだ。
それを見ながら愛も、半分くらいゆっくりだがごくごくと飲んだ。
おれが大学進学し、普通にサークル活動や恋愛を経験している間に、
愛は昔からの夢をどんどんかなえて、あっという間に手の届かない存在になっていた。
おれたちは、テレビで見る愛の姿を、いつも非現実的なものとして見ていた。
こうして同じ東京にいながら、また会えるなんて全く思ってなかった。
「タカトの話はいっつも真希から聞いてるで、営業マンやってるんやろ?」
「しがないサラリーマンや」
「でもがんばってるんやなぁ、この東京砂漠で・・・」
愛はしんみりと言った。
「それはお前も一緒やん。それよりじゃんじゃん飲もうや」
変な雰囲気になりそうで、おれはそれをさえぎるように愛に日本酒を勧めた。
他の奴らはどんちゃん騒ぎで、高校時代のようにわけわからなくなっている。
おれと愛だけは、なぜかその騒ぎを苦笑いしながら、二人で日本酒を飲んでいた。
「みんな全然かわらへんなぁ」
愛がうれしそうにつぶやいた。
「お前も全然変わってへんで?おれも変わらへんけど」
そう言うと、愛はおれをじっと見つめてきた。
「ほんまに変わってない?」
どうしてこんなに不安そうな目をするのか。
おれははっきり言った。
「全然変わってへんよ、愛は」
愛はお酒でほんのり赤くなった頬をもう少し赤らめて、はにかんだ。
それからはどんちゃん騒ぎの横で、おれと愛はお互いの近況報告をし合った。
本当は愛のこと、芸能界とか色々聞きたかったが、聞いていいものかどうか迷ってしまった。
迷っていたせいで、自分のことばっかり喋りまくってしまったが、愛はちっとも飽きたそぶりも見せず、
嬉しそうに聞いてくれた。
会社での失敗や、上司の愚痴、恐いお客の話など、とりとめもない話を、愛は興味深く聞いてくれた。
「タカトほんまに変わってへんなぁ、今日、来てよかった・・・」
愛はちょっと目を潤ませながら、うつむいてそう言った。
おれは、自分の胸がものすごく高鳴っているのに焦った。
高校時代、友達の一線をどうしても越える勇気がなかった。
愛のこと、兄弟みたいって言い続けてたけど、本当は好きだって気持ちに気づいてた。
何年も経ったけど、それをはっきりと思い出してしまった。
「うちそろそろ帰らんと・・・ごめんね」
唐突に大きな声で、取っ組み合いをしている他の同級生に愛は告げると、
身支度を始めてしまった。
おれは急に帰ろうとしている愛を引き止めることもできずに、ぼーっとしていた。
すると、さっきまで大騒ぎしていた真希がおれに耳打ちしてきた。
「タカトあんた愛を送ってやってや」
「え・・・」
おれはまた心臓が早鐘のように高鳴った。
「とりあえずタクシー拾ってくれればいいから」
真希はそう耳打ちしてからつけ加えた。
「タクシーも危ないから、絶対部屋まで送るんやで」
酔いつぶれたおれの連れの男子をどかせて、おれと愛は部屋から出た。
男子は「今度テレビに出てたら愛で抜くでぇ」などと暴言を吐いていた。
愛はあほばっかやとあきれながら、帽子を深くかぶり、みんなに手を振った。
店を出て、二人でエレベーターに乗ると、愛はおれの少し後ろに立った。
そして、おれのシャツの袖をつまんだ。
「前、歩いてね」
芸能人ということがばれたら大変だからなのか。
おれはガードマンに徹する覚悟を決めた。
エレベーターを降りると、早春の冷たい風が二人に巻きついた。
愛はエレベーターの中よりも、おれに寄り添うように、おれの腕にしがみついた。
薄手のニットの向こうに、愛のきゃしゃな体を感じる。
おれはどきどきしっ放しで、タクシー乗り場へ向かった。
すぐにタクシーを拾えて、おれは愛を乗せると、一瞬ひるんだ。
ここで本当に真希の言うように、愛の部屋まで送るべきなのか・・・。
すると愛はタクシーの座席を奥にずれて、にっこりしながら座席をぽんぽんと手で叩いた。
乗れという合図だ、迷いを捨てて乗り込んだ。
疲れてきた。
愛は、タクシーの運転手に自分のマンションの住所を告げると、椅子にもたれかかった。
「今日絶対飲みすぎや、タカトが飲ませすぎたんやで?」
そう言いながら愛はおれの手を握ってきた。
「お前酔っ払いやな」
おれは情けないリアクションしかできず、ちょっと冷たくなっていた小さな手を握り返した。
愛は嬉しそうに笑った。
「タカト、週刊誌にとられたらどないする気?」
いたずらっぽく愛は言った。
「大丈夫やろ、おまえ普通っぽいし」
「失礼な男やな!うちめっちゃテレビ出てるんやで?見てないかもしれんけど」
「見てるって!いつも応援してるし、今日だってめっちゃ緊張してるんやで?」
そう言うと、愛は体をくねくねとよじらせて笑った。
「タカトちょっと熱くなりすぎ!うちまで汗かいてきたわ」
愛は手のひらで自分の顔に風を送りながらも、左手はしっかり握り続けていた。
「そろそろ着くから」
愛は小声で言うと、バッグから財布を出した。
芸能人の財布チェック!と思って覗き込むと、普通のかわいい、普通の子と同じような財布だった。
「あ、この辺でいいです」
愛はタクシーを止めると、おれを先に降ろしお金を払った。
おれが暮らしている街とはちょっと異質な、いわゆる閑静な住宅街だった。
「ほんまはあと歩いて10分くらいあんねん、ごめん?」
愛はそう言うと、またおれの手を握ってきた。
「手ぇつないで歩きたかったから」
愛は小さい子供みたいにおれの手をぶんぶん振り回しながら、歩き始めた。
おれは信じられないような展開に、逆に冷静になっていた。
このまま愛の部屋に行ったら、上がりこんでしまってもいいのか?
上がり込んだらエッチなことになってしまわないか?
エッチな関係になったら、スキャンダルではないのか?
スキャンダルになったら、愛はおれを恨むんだろうか?
おれは責任をとれるのか?
そんなことを考えながらも、嬉しそうに手をつないで歩いている愛を見ると、
心が満たされるような、温かい気持ちになっていった。
「タカト、ついたで」
目の前には立派なマンションが、それこそ、そびえ立っていた。
20階建てくらいか、よくわからなかったが、おれには縁のない高級マンションのようだ。
「すげーな、こんなとこで一人暮らしか?」
「すごいことあらへん、ここの3階や」
愛はちょっとおどけながら、オートロックの入り口で、カードキーを通した。
自動ドアが開き、重厚な入り口へと平然と愛は歩いていく。
おれは躊躇して、立ち止まっていると、入り口が閉じてしまった。
愛は苦笑しながらもう一度自動ドアを開けて出てきた。
「ちょっと、何してるん。あんま見られたくないし早く来て」
背中を押されて高級マンションに足を踏み入れた。
エレベーターに入ると、愛はおれにもたれかかった。
「タカト明日早いん?仕事大丈夫?」
「明日は休みやけど、お前送ったら帰らなヤバイわ」
「え?帰っちゃうん」
3階に着き、開いたエレベーターだったが、愛は降りようとしなかった。
「タカト着てくれへんのやったら、うちも帰らん!」
おれはあきれながらエレベーターの開ボタンを押しながら、愛の背中を軽く押した。
「わかったって、とりあえずお前の部屋どこや」
おれは葛藤しながら愛に訊ねた。
「こっち」
愛は指差すと、とことこと歩き始めた。
芸能界にいて、あんなに華やかに輝いているのに、こんなに寂しそうなのは何故だろう。
おれは愛が寂しがらないように、そっと背中に手を回した。

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