計画停電でもないのにブレーカーに手をかける妻
2019/03/22
東日本巨大地震が起き、福島の原子力発電所が被災したことから、東京電力は計画停電を行っている。
この計画停電が始まって以来、妻が変わってしまった。
日中はともかく、夜の時間帯であれば、停電中にセックスをするようになった夫婦はさして珍しくもないと思う。
明かりも消え、マンションによっては水も止まるから料理もままならず、パソコンもテレビも使えないとなれば、自分たちの肉体だけあればできるセックスに向かうのは必然だろうが、あくまで電気が届かない空白を埋めるためにパンツを脱いでいるのではないかと思う。
どちらかといえば誰も歓迎しない計画停電を、妻は待ち遠しく感じて日々を過ごしている。
とくに外も暗くなる夜の時間帯に停電になるのが好ましく、第一希望は18:20から22:00の時間帯だそうである。
どうしてそんなに停電がよいのか首をかしげていたが、よくよく聞けば、「完全な暗闇」と「簡単には明かりが手に入らない状況」が燃えさせるらしい。
そして、我が家では、計画停電のないときにも、妻の手によってブレーカーが落とされるという不思議な事態に陥っている。
初回の停電中にセックスをしていたときに、味を占めたらしい。
周囲のマンションの明かりや街灯が消えるため、カーテンを閉め切ると、部屋では目を凝らしても、互いの顔すら見えぬ闇が訪れる。
いつもより、妻の毛むくじゃらの奥は、おびただしい量の蜜であふれ返っていた。
「いつもよりえらく濡れているじゃないか」と驚くと、「死と隣り合わせのセックスのようで感じちゃう……」と、艶っぽい声で教えてくれた。
明かりという生命の象徴を奪われ、視界が完全になくなり、触れ合う肉体の触覚が否応なしに鋭敏になることから、かえって強いエクスタシーを感じるようである。
計画停電が中止になったある日、それでも暗闇のセックスをしようと妻が提案した。
私は、暗くすればいいのだろうと、部屋の明かりをリモコンのスイッチで切ったのだが、それではだめだと怒り出す。
「ちゃんとブレーカーを落として」と言うのである。
いやいや、ブレーカーを落とすまでもなく、部屋の明かりを消せば暗さは同じではないか。
それに、余震が続いており、「もしブレーカーを切っている間に大きな揺れが来たら、明かりがつけられなくて逃げ遅れるではないか」とたしなめた。
妻はすぐさま、「簡単に電気がつけられるなんて、甘え!」と、吐き捨てるように言った。
「大きな揺れが迫ってくるとするでしょう?そこでセックスを中断してリモコンに手をかけて、ぱっと明かりをつけたくなる気持ちはわかるよ、気持ちは。けれど、そこで電気をつけたくても簡単につけられない、こんなに揺れているのに裸だし暗いし……っていうもどかしさと無力感と絶望がいいのよ」妻の目は冗談を言うときの目ではなかった。
こいつは何を言っているのだと一蹴しようとしたのだが、それもたしかにスリルがあるなとぼんやり考えた。
もっとも、本当の停電ではないから、向かいのマンションの明かりが少し入ってきてしまうのが妻にはちょっぴり不満なところで、ブレーカーを落とした人工的な停電は次善の方策であるらしかった。
私たち夫婦はそれまで週に一回くらいだったのだが、暗闇のセックスを知ってからは妻が異常に求めてきて毎日愛し合っている。
3月11日の地震直後、震災の現場が映し出されるテレビを見た妻はふさぎ込んで元気がなかった。
しかし、たとえふしだらな遊びであっても、妻が生活の中に愉楽を見出したのを確認して、私は今となっては安心しているのである。
今夜もまたブレーカーに妻の手が伸びようとしている。