目覚め
2019/06/07
‥‥その、私の場合、たしかにその傾向はまだ幼い少女の頃からあったと思います。
いつの頃からか‥‥おそらく、小学校に上がる前くらいからか。
気づいた時には、そういう自分を意識するようになってしまっていました。
例えば、TVアニメやドラマでヒロインの少女が捕まりロープで縛られてしまった時。
後ろ手にぐるぐる巻きにされ、猿轡の奥で呻いている時。
かっちり嵌められた手錠を揉みねじっているとき。
なぜだか、胸の奥が痛いくらいドキドキしだして、変な気持ちになってしまうんです。
普通に絵本や物語を読んでいても、さらわれた女の子がムリヤリ縛られていく描写があったりするととたんにカラダが緊張してしまうんです。
当時から‥‥なんとなく、イケナイ感情だという思いはありました。
友達の家のTVでそういう縛られた女性を見ちゃったときは顔がこわばって、必死に動揺を隠したりしていましたね。
まだ、わきあがる奇妙な感情が何かも知らなかったんです、子供時代の私は。
教育系のアニメの1コマが、特に印象に残っています。
悪者に囚われたお姫様ががんじがらめに縛られたまま逃げだすのですがすぐ捕まって、怒った悪者にヒドイ事をされそうになってしまうんです。
性的な描写なんてどこにもないのに、そのシーンを見ながら『ヒドイ事』をされる瞬間を想像して、5歳くらいの私はカラダがどこか熱くなってしまうのを抑えきれずにいたんです。
なにをされちゃうのか。
どんな目にあうのか。
悪者の好き勝手に縛られてしまった私に、どんなヒドイ事が降りかかってくるのか?ホント、ヒロインと心が一緒になっていました。
‥‥それが、ヒリヒリとまだ見えぬ心の底で疼く被縛願望だとは気づかないままに。
‥‥‥‥‥‥‥‥そう、ですね。
ただ捕まったり羽交い絞めにされるのじゃなく、縛られ、自分一人では何もできないカラダにされてしまう、という事に対して、特に後ろめたい憧れを感じていました。
手錠で、縄で、革のベルトで、エッチな縛りで‥‥囚われの少女という浅ましい身分に作り変えられてしまう自分に興奮しちゃうんです。
仮に逃げだせても、私はずっと自由を奪われた不自由なカラダのまま‥‥どこか疚しい、けれどそれはゾクゾクする気分。
お正月とか、遊びに来る従兄弟と誘拐ごっこみたいに遊んだりしましたよ。
お座敷の固い座布団で悪者のアジトを組み上げて、その中で私が従兄弟に縛られちゃうんです。
縛るっても、お互い子供ですから手ぬぐいなどでいい加減に‥‥一度なんかビデオの延長コードをダメにして、親にこっぴどく怒られましたが(笑。それでも狭いアジトに縛られて放置されると幼な心ながら顔が真っ赤になるほど興奮して、バクバク心臓を弾ませながら縄抜けを試したり。モゾモゾもがいているうちに座布団が崩れて、一瞬ヒヤってするのが突き抜けるような淡い快感、でした。バカっぽい、ですか?(笑恥ずかしい話です。こうしてポツポツと書いていると思い出しちゃうので余計に‥‥最初の頃は男性の縛られているシーンでもドキリとしていました。男性が縛られている姿は、アレはアレで魅力的でしたから。なよなよともがく女の子の場合と違って、ドラマのヒーローが捕まるシーンはジタバタ激しく暴れますよね。必死に焦る、そのリアルさはすごく感じます。でも‥‥うん、そうなんでしょうね。いつのまにか、私は同じ女性の緊縛姿を目にして心乱されるようになっていました。自分に重ねあわせちゃう、それもありますし、女性のカラダの柔らかい丸みにそってまとわりつく縄が、ひどくいやらしくてイケナイものに感じられましたから。成長したら私もあんな風になるのかな、なんて妄想しながら。どちらかと言えば(成長した今も、ですが)私は外見の印象が冷たいんです。
きついイメージの吊り目だし、細身っていうと聞こえはいいですが子供時代は痩せすぎで、柔らかくカラダがくびれるのかなぁとか変な心配もしていましたから。
私がはっきり緊縛に目覚めたのは、もう少しあと、小学校に入ってからです。
‥‥‥‥‥‥‥‥たぶん、一番決定的だったのは当時流行っていた、TVの脱出マジックだったんです。
その女性マジシャンは外国人だったんですが、きりりと目が細くて冷たそうな雰囲気が私にどこか似ていて、時折TVで見る彼女に憧れているところがありました。
そんな時、「おい、このマジシャン、あゆみに似てないか?」
「えっ‥‥?」食事をおろそかに見入っていた私は、いきなり父に声をかけられてドキリとしました。
憧れのマジシャンに、私が似てる‥‥?画面の向こうでは、ステージ中央に立った女性マジシャンが肩掛けのケープをさっと剥ぎ取られるところ。
一瞬息が詰まるような、残酷そうな、肉にくいこむような革の縛めがそのカラダに施されているんです。
おっきな首輪に、レオタードが乱れるほど引き絞られた革のベルト。
胸だってオッパイがはちきれんばかりに弾けていて、鍵があちこちにかけられていきます。
背中を向いた手首には幾重にも重なった手錠、手枷、ロープ。
「すごい緊縛だよ、コレ。カラダひしゃげてるし」
「‥‥キンバク?」訊ねると、父はメモ帳を引き寄せて『緊縛』という字を書いてくれました。
当時小学校の低学年だった私には、見るからに複雑そうで繊細な漢字。
そして、その漢字のイメージが、画面の向こうの女性の姿に同化していきます。
そっか。
ああいうのが、緊縛なんだ‥‥「緊縛ってのは、ああいう風にすごい縛られちゃうことを言うんだよ。ま、普段使う漢字じゃないから覚える必要はないと思うよ、あゆみ」
「‥‥」
「しかし、エロスだなこのショーは‥‥って、母さんに聞かれたらヤバイか、ハハ」父の言葉に思わず生唾を飲みます。
こんなになまめかしく身悶える女性に、私は似ているんだ‥‥それって‥‥「キンバク‥‥あの人が‥‥似てる‥‥」トリックはどこだろうなぁとか、しきりに首をかしげる父をよそに、私はトクトクと血液が早まっていくのを感じていました。
それから、です。
私が縛りに興味を持つようになったのは。
いつも空想の中では、私は悪人に捕らえられ縛られ身悶えています。
そのイメージはつねに女性マジシャンにだぶって映り、そうして私はいつか、縄抜けと一人での縛り、つまり自縛に興味を持つようになっていたんです。
新しいもの好きの父にビデオの操作とかをおそわった私は、アニメやドラマで女性の縛られるカットがあるたびにこっそりビデオに撮って集めるようなクセがつきました。
そういうシーンばかり集めて編集したり。
本当、変な秘密をかかえた女の子だったんだなぁと思います。
学校の遊びでもドロケイとかが好きで、男の子に交じって遊んではつかまって敵陣に連れて行かれるたび、ひそかに手を背中に組んでいたりしました。
学芸会やお芝居なんかでも、そういう役があると挙手してやってみたり。
もちろん、大抵は真面目に縛ったりしないし、ふりだけなんですがそれでもドキドキしたりしてしまって。
小学校の頃は活発でちょっと変な色気のある女の子、みたいに思われていたようです。
低学年の頃はそんな感じで‥‥ただ、学年が上がるにつれ、私は女の子の輪から取り残されるようになりました。
一つには、私が自分のことを語りたがらなかったことがあります。
ずっと秘密にしてきた自分の心、いやらしい性的な秘密を(当時、私はエッチな妄想だとはっきり自覚していました)隠すため、少し無理をしていたんです。
同級生の恋愛話にも興味がわかず、かといってそれまで疎遠だった地味系の女の子のグループに混ざる気にもならず‥‥そもそも、私自身、好きな男子なんていなかったし、私の性癖を理解してくれる相手がいるとは思えなかったんです。
男の子の誰がカッコいいとか、誰が誰に告白したのしないだのいう話より、しだいに大きくなってきたあの淫靡な感覚、縛られてみたいという願望、あの意識が遠のくような感覚を飼いならすのがせいいっぱいで。
むしろ、同級生と距離を置くぐらいが私には楽な感じでした。
その間も、私は自分をひそかに縛ったりしていました。
たいてい自分の部屋で、荷造り用のロープをカラダの前でぐるぐる両手に巻き、歯と口を器用に使って固結びにしてしまったり。
そんな格好で勉強や読書をしていると、まるで本当の囚われ人になったみたいでカラダの芯がカァッとなるんです。
もどかしく、切なく、なにかたどりつけそうで手の届かない、あの奇妙な、変な感覚。
それがわからぬまま親の目を盗んではいくども自分を縛り、縄抜けの達成感に酔い、かすかな違和感に悩まされて止められずにいる‥‥それが当時の私でした。
小学生とは思えない、いやらしい煩悩をもてあます日々。
お気に入りは深夜の自縛プレイでした。
何度なく、熱に浮かされたようにくりかえしたセルフボンテージ。
両親が寝静まると、パジャマのままベットから這いだして、薄く扉を開けます。
そのまま、わざと胸とかをはだけたエッチな格好をして体育座りして、右手首と足首、左の手首と足首をそれぞれそろえてビニール紐で縛りあげちゃうんです。
手首から肘まで足に密着させ、膝と肘をそろえてグルグル巻きの緊縛。
左右どちらかの手足は不自由な状態で縛るので上手に行きませんが、思いきり紐を絞っておいて固結びにしてしまうと、自力では絶対抜けだせなくなってしまうんです。
右手と右足、左手左足をそろえた緊縛姿の自分。
つややかな夜の色香にまどわされた、幼い奴隷志願の自縛少女。
秒針の音だけが、夜の世界に響きわたっていて。
しんと静まりかえった廊下にそっと踏み出すと、もう後戻りできない。
いつ親に見つかってもおかしくない‥‥「‥‥」ゴクリと、大きく喉を鳴らして、ソレが合図。
前髪も乱れた額を冷や汗でまみれさせながらの、自縛プレイの開始です。
この瞬間、私はドラマの中のヒロインそのもの。
ううん、ドラマは時間がたてば誰か助けに来てくれますが、私は誰にも助けを求められません。
最初から用意したハサミは、トイレのマットの下。
このカラダでは当然、立ち上がることさえできません。
すぐ目の前の机の最上段にはハサミが入っているのに、決して取る事ができないのです。
トイレまで、両親の寝室のまん前を通り、リビングを抜けていく残酷な道行き。
ひんやりたたずむ夜気が裸のまだ薄い胸をまさぐって、乳首がツンとしこってきます。
ハァハァ乱れる息さえ緊縛姿の現実を意識させ、私の心を陶酔させて。
身じろぐだけで、ギシリギシリと軋むビニール紐。
痛みと強い圧迫とが、包帯を巻きつけた患部さながらに両手両足を束縛していきます。
残酷な縛めは、私が悶えた程度では皮膚に食い入るだけでびくともしないんです。
無情な現実に‥‥そして、自縛してしまった後悔と、後ろめたいカラダの昂ぶりに苛まされながら、私はおそろうおそる夜の廊下へと這い出します。
ギシ、ギシ‥‥一歩ごとに腕が、足が悲鳴をあげ、まるでお尻だけ振っているかのように遅々としてカラダは前に進んでくれません。
試せば分かりますが、この拘束は手足が完全に同化してしまうので芋虫のように惨めな自由しか与えられないのです。
じわりじわりと、冷たい床にお尻を撫でられながら座ったままで這いずっていって。
両親の部屋の前を通る瞬間がもっとも緊張します。
カギなどかかっていない寝室。
ほんのわずか扉一枚をへだてて、こちら側の廊下では小学生の娘が自分の手足を拘束し、半裸で息を荒げつつ這いずっているわけですから。
そんな姿を父に見られたら‥‥母に咎められたら‥‥それこそ、極限のスリル。
全身をたらたらと汗が伝い、カラダのそこがチリチリ疼きっぱなしで。
性感なんて知るはずもないのに、私はもどかしい快楽に身を揺さぶられながら、のろのろ這いずっていくのです。
いつものようにリビングに入ってしまえば、椅子や机や、隠れる場所は少しくらいはあるから。
見つかる確率だって、フラットな廊下よりはずっと低いから。
だから‥‥一度だって見つかった事がないんだから‥‥大丈夫、今日もずっと‥‥その日も、そう思っていたんです。
ほんの、ささやかな油断。
「‥‥ッ」あの晩もそんな風につらつら思い思い、みずから施した縄目のイヤラシさにぴりぴりカラダを痺れさせながら床を這いずっていました。
いつものように、ゆるゆる寝室の前にさしかかり、もどかしい次の一歩を踏み出そうとして‥‥「!」その瞬間、低くかすかに寝室から響いていた父のいびきがふっと消えたんです。
続けて寝返りを打つような音。
ヒッと文字通り息を飲んだ私は、思わずむりやり歩幅を稼ごうとして‥‥その瞬間、視界が揺らぎ、不自由なカラダが宙を泳いで‥‥だァン、と。
その場で、両親の寝室の扉の正面で、横倒しに倒れてしまったんです。
静寂を破る音は、おそろしいほどの威力を秘めていました。
「ンァァッ」悲鳴さえ、喉の奥につっかえて。
はだけていたパジャマが完全にめくれ、ふぁさっと顔の上にかかってしまって。
あっという間にうなじから冷水をそそぎこまれたかのような恐慌が裸身をわななかせ、パニックに陥った私のカラダは筋肉にめちゃくちゃな指令を出して、手も足も自縛の下でギリギリ引き攣ったまま、まったく動かせなくなってしまい‥‥なすすべもない無防備な緊縛姿で、私は扉の真正面にはりつけられてしまったんです。
横倒しの裸身はすみずみまで緊張にはりつめ、起き上がろうとしてもまた腰から倒れこんでしまいます。
必死になって全身をミチミチ縄鳴りできしませ、縛り上げられた手首で懸命に床を押して立ち上がろうとしかけて‥‥私は、今度こそ、硬直していました。
ひた‥ひた‥と寝室の向こうから近づいてくるスリッパの足音。
ねぼけまなこな、それはまぎれもなくもっとも恐れていたもの、父の足音なのです。
奇妙な音を確認する為に、父が扉をあけてしまう‥‥もはや息さえ止めた私は、何一つ物音を立てることさえ許されない限界の状況でした。
体育座りの両手両足を厳しく縛りあわされ、下半身に疚しいマゾの熱をおび、丸出しの胸を桜色にそめて乳首を尖らせている、こんな、こんな妖しい姿で。
必死に足を縮めてドアから引き離したものの、焼け石に水。
絶体、絶命、でした。
こんこんとわきあがる破滅への恐怖。
私の顔はきっと滑稽なほどおびえ、おののいていたと思います。
今までずっとひた隠しにしてきたのに‥‥1分もたたないうちに、パパにもママにも私がマゾの変態だって知られちゃうんだ。
こんな、どうして、こんなことに‥‥容赦なく、ガチャリとドアが開いて、「‥‥?」
「!!!!!!!」はるか高いところに、体半分のりだす父が見えた瞬間、私はイッてしまったんです。
あまりにも異様で、それゆえそらおそろしいほど甘美に突きあげる、未知の昂ぶり。
高揚感と浮遊感に息が続かず、視野が眩んでしまうほど。
初めての絶頂は瞬間的に私をドロドロに『濡らし』、そうして。
「ふぁ‥‥」押し開いたドアの影になった私には気づかず、父はドアを閉じたんです。
ぎりぎりで回避されたニアミスに、それでも追いつかないほどのカイカンが神経を震わせ、私はビクンビクンと床でのたうっていました。
この時‥‥本当にようやく、私にはわかったんです。
いつももどかしい思いをして自分を自縛して、一体なにを求めていたのか。
カラダだって文字通り未熟な子供のままなのに、何に感じきってしまっていたのか。
私は、縄抜けの快感を楽しんでいたわけじゃ、なかったんです。
本当に私が求め、心から怖れ、願っていたものは‥‥‥‥絶望の、瞬間。
だと。
縛られた状況から脱出するその解放感よりも、縛られてしまって、いつ見つかるかわからない焦りのほうがずっと気持ちよく、そして、それ以上に‥‥縛られ、逃れようのない姿を誰かに知られてしまうことが、その耐えがたい羞恥とおののきこそ、何よりも気持ちイイ悦楽だったのだということを。
そしてその恐怖は、禁止の衝動の強さ、タブーのおそろしさに反比例するのだと。
縛られて、縄抜けをしてみたい。
不自由なカラダでもがいてみたい。
そんな事を思うようになったのは、いつか奴隷に堕とされ、惨めに苛めぬかれる、そんな被虐的な幻想が心の底にひそんでいたからだったんです。
あの晩、さらに30分以上も私はガクガクおののいたカラダで寝室の前から動けず、ようやくトイレにたどりついて自縛から解放された時には、ねっとりとショーツを濡らす愛液も冷えきっていました。
初めての絶頂、初めての『濡れた』経験、初めてのマゾの愉悦‥‥貴重な経験値。
すべてを知った私が引き返すことはもうできなかったんです。
‥‥‥‥‥‥‥‥あれ以降、私の自縛はさらに洗練され、きわどいながらも決して見つからないよう巧妙なプレイへと変わっていきました。
その頃にはSM雑誌の存在も知るようになり、自分がマゾらしいこと、そして普通のSMとは違う趣味だということを知るようになりました。
そして、それは中学に入っての、あの体験へと続いていくのです。