人を騙すと金がもらえるバイトをしたら彼女ができた 後編
2018/01/16
前編
漫画とかだと、生徒会というのは異様な権力をもってたりするじゃん。
現実の生徒会は想像のはるか下をいっていた。
選挙から四日後、俺たちは初顔合わせをした。
で、仕事の話になったんだけど。
「こんな数行の文章を先生にチェックしてもらう必要があるんですか?」
「もちろん」と会長はうなずいた。
朝礼のときに、生徒会からの連絡みたいなのってあるだろ。
時間にして三十秒にも満たない連絡でさえ、
事前に先生にチェックしてもらう必要があるらしい。
ほかにも会長から聞いた話では、
ほぼ地味なものしかなかった。
特に前期の役員に比べると、後期の役員は地味な仕事しかないらしい。
これはイベントらしいイベントが、卒業式ぐらいしかないせいでもある。
「まあわたしたち、先生の奴隷みたいなものだから」
「とりあえずがんばろうね」と会長は、最初の議会をしめた。
俺と会長はつきあうことになった。
でも最初らへんは恋人らしいことは、ほとんどしなかった。
ていうか、会長がいそがしすぎるんだよ。
あの人は生徒会活動以外にも、部活動もきっちりやってた。
『英語部』みたいな名前だったはず。
英語でディベートをやったり、演劇をやったりする部活に、
所属しているらしい。
しかも部活や生徒会活動がないときでも、
放課後は図書室に残って勉強してるしな。
メールこそ一日一回はきちんとしていたけど、
その内容も、人にわざわざ話すようなものではなかった。
さらに休日は休日で、部活だったり、
そのほかにもなにか用事があるらしく、俺たちが会うことはない。
ある意味、気がらくと言えばらくだったけどさ。
ウソではじまったこととは言え、「なんかなあ」と思わずにはいられなかった。
先輩にそのことを相談してみたけど、
俺にはハイレベルすぎて、まねできるような内容ではなかったので、
結局参考にはならなかった。
だけど、俺と彼女は意外なことで仲良くなったんだよ。
その日はなぜか、ほかの執行部の人たちが生徒会室に来なかった。
月曜と木曜は、この部屋に集まることになってるんだけど、
俺以外のメンバーがこないわけ。
最初の十分ぐらいはボーッとしてたんだけど、
この部屋がすばらしい空間だということに気づいたんだよ。
誰もいない場所。
大学ノートを開いて、俺はその作業をはじめた。
ほどよく静かな空間って、集中するのにはもってこいなんだよな。
だから会長が部屋に入ってきたことに、
すぐには気づけなかった。
「なに書いてるの?」
俺は思わず飛びあがりそうになった。
たしか、驚きすぎてノートを投げた気がする。
俺も驚いたけど、会長もそうとう驚いていたはず。
「ほら、ものは大事にしないと」
会長は俺のノートを拾ってくれた。
てっきりノートについて聞かれるかと身構えたんだけど、
彼女はなにもたずねてこなかった。
かわりに会長は今日の活動に参加するのが、
俺たちだけてあることを教えてくれた。
この時点の生徒会活動で、皆勤賞だったのは俺だけだった。
自分でも意外。
その日は話しあうこともなかったので、すぐに活動は終了。
会長はすこしこの部屋で勉強していくと言ったので、
「じゃあ俺もそうします」って、俺もいっしょに残った。
やっぱり俺は、会長と仲良くなりたかったんだろうな。
ちなみに会長のノートは、小さな文字で埋めつくされていたなあ。
それで、俺なんだけど。
カバンの中に、教科書なんて一冊も入ってなかったんだよ。
『置き勉』してるんだから当然だった。
席を立とうとしたら「待って」って、
会長に引き止められたんだよ。
「置き勉してるから勉強できないんでしょ?」
「なんでわかったんですか?」
「普通にわかるでしょ」って会長は得意げな顔をした。
ちょっと口もとがニヤけそうになった。
くだらないことだけど、会長は俺のことを見ていてくれたんだから。
会長はノートをパタンと閉じた。
「とりあえず座りたまえ」と会長は俺に座ることをうながした。
言われるまま座る俺。
「せっかくふたりっきりなんだし」って会長は言った。
それで、ぎこちない会話がしばらくは続いた。
「テニスが好きなんだっけ?」
「まあ、中学のときにやってたんで」
休日にはなにをするかって話になった。
たしかに俺は中学のときに、テニスをやってた。
でも高校生になってからは、実はテニスは一度もやってない。
だけど休日はテニスしてますって言ったら、
すこしはかっこうがつくじゃん。
ちっちゃな罪悪感を感じつつ、俺はてきとうなウソを並べた。
「ほかにも好きなことはないの?」
会長にそう聞かれて、俺はすこし考えた。
話しはじめて気づいたんだけど、会長って聞き上手なんだよな。
相槌のうちかたとか、質問のタイミングとかが絶妙なんだよ。
なにより俺の話を聞いてくれる表情が、コロコロ変わって楽しかった。
だからかな。
思わず本当のことを言いかけた。
「物語」って口から出てきてしまった。
「物語?」と会長が首をかしげる。
俺は急いで言葉をつけ足した。
「物語を読むのが好きなんです」
「読書好きってこと?」と会長が身を乗り出してきた。
読書好きかと言われると、ちょっとちがうような気がする。
たしかに本を読むのはきらいじゃない。
でも、読んだことがある本はそんなに多くない。
俺のまわりってアホなヤツが多いわけだ。
俺もふくめて。
だから本とか読んでると、まわりの連中が言ってくるわけだ。
「本とか読んでるとバカになるぞ」
「カッコつけてんじゃねえっつーの」
「文字書く暇があるなら、汗かけ!」
最後のセリフは、休み時間に本を読んでた俺にクロダが言ったこと。
それは俺じゃなくて、書いてるヤツに言え。
そんなまわりの環境のせいか、俺は読書はそれほどしなかった。
ていうか。
やっぱり、そんなに本を読むのが好きじゃないだけかも。
「どんな本が好きなの?」
「えっと、バッテリー?」
「テニス部だったのにバッテリー読んでたの?」
読んでなかった。
でも俺は「はい」と返事した。
「せっかくだし海外の小説とか読んでみない?」
「英語読めないから無理です」という非常に頭の悪い回答をした俺に、
会長が「翻訳されたものだよ」とバシっとツッコミを入れた。
ここからの流れは早かったな。
会長は俺の腕を引っぱって、図書室まで連行すると、
おすすめの海外の小説をいろいろと紹介してくれた。
「ボク、外国の小説で読んだのって、
『頭の悪い人が急に頭が良くなる話』だけなんですよね」
「ああ、アレね」って会長は笑ってたな。
英語教育にかなり力が入ってる高校だからか、
図書室にはけっこう海外小説があったんだよ。
で、会長は読みやすそうなものをチョイスしてくれた。
「読んだら感想聞かせてね」
会長が嬉しそうにわらったんだよ。
この笑顔が見れるなら、がんばって読もうかな。
そう思って、家に帰ってからすぐに読みはじめた。
本を読んで、その感想で盛りあがって仲良くなる。
そんな俺の目論見はあっけなく粉砕した。
会長がすすめてくれた本を、俺は一冊も読みきることができなかったんだよ。
目がすべるって言うのか?
文字を目で追っても、全然その内容が頭に入ってこないんだわ。
申しわけないと思いつつ、俺はケータイで給料を確認した。
給料の額はまたあがってた。
つまり、俺は読書がそんなに好きじゃなかったってわけだ。
すくいだったのは、
会長が本の感想をメールとかで聞いてこなかったことだな。
次の生徒会までになんとか読もうと思ったけどむりだった。
「本読めた?」
生徒会が終わったあと、ふたりっきりの部屋で会長が聞いてきた。