高校の先生(8歳年上)前編
2019/03/01
2ちゃんに書こうかと思ったけど、アホみたいに長くなったのでこちらに投下。
10数年前の高校時代の話し。
長い割りに内容は大したことないかも。
当時、俺は特に暗いわけでもなく、かといってクラスの中心的存在でも無いごくフツーの高校3年生で、年相応に色気づいて身だしなみなんかには気を使い始めていたものの、実際に女と話しをするのは苦手(赤面症)という奥手な高校生だった。
異性を巡る華やかな出来事には縁がなく、不満はないけど満足感には欠ける少なくとも青春真っ盛りという生活とはかけ離れた毎日を過ごしていた。
一方、勉強面はといえば、私立で一応進学に力を入れていた学校だったから、そっちの方面はそれなりに忙しかった。
特に3年になると正規の授業の他に「補講」と呼ばれる週2回放課後に実施される受験対策の補習が始まって、補習当日は特別な用事のある生徒以外は各自が事前に選択した科目を受講することが半ば義務付けられていたりもした。
その補講で俺は英語と古典を選択していた。
大抵は主要教科である英語や数学、あるいは社会や理科の選択科目を組み合わせて受講する生徒が多く、古典を選択するっていうのは少数派だったんだけど、俺は元々古典が苦手だったことと、古典の担当教諭が実は俺が密かに憧れていたクラスの副担任の先生だったこともあって、俺は殆ど迷うことなく古典を受講科目に選んでいた。
つまり俺としては補講を通じて副担任の先生と多少なりとも親しく話せる機会があればいいなーというやや不純な動機もあったってわけなんだ。
その先生の名前をここでは一応M先生としておく。
M先生は当時おそらく25〜26歳で、細身で一見すると大人しそうなお姉さん系の先生だったんだけど、実際は見た目よりもずっとハッキリとした性格で、授業中の男子生徒のH系のツッコミなんかにも動じることが無く、良く通る声と体に似合わない筆圧の強い大きな文字で板書するのが印象的な先生だった。
校内では数少ない若くて見た目の良い先生だったから、男子生徒から人気があってもおかしくなかったんだけど、当時の俺達からすると気軽に友達感覚で話しかけられるっていうタイプの先生ではなかったせいか、俺みたいに密かに憧れてるって奴はいたかもしれないけど、表向きはそれほど目立って人気があるって感じではなかった。
補講は放課後16:30くらいから行われていたと記憶している。
古典を選択する生徒は予想通りそれ程多くなくて、出席するのはたいてい7・8名。
俺としては少人数の授業で必然的にM先生と話しをする機会は増えるし、休憩時間の他愛の無い雑談なんかを通じて、今まで知らなかったM先生の性格や嗜好を知ることができたり、あるいは授業中とは少し違う素に近いM先生の表情や仕草なんかを発見することができたりして、それだけで結構な満足感を覚えていた。
当時の恋愛経験の乏しい俺からすると、憧れのM先生と仲良くなると言えばせいぜいこれぐらいが限界で、更にそこから進んでM先生とリアルな恋愛関係になるなんていうのは想像すら出来ないというのが実際のところだった。
でも、そんなありふれた日常を過ごしていた俺の心境に変化をもたらす出来事は、ある日唐突に起こったんだ。
夏休みが終わって間もない9月の中頃、その日たまたま進路のことで担任に呼び出されていた俺は、放課後誰もいなくなった教室で一人帰り支度をしていた。
西日の差し込む蒸し暑い教室で、俺が帰ろうとしたその矢先、突然M先生が教室に入ってきた。
「あれ、A君(俺)まだ帰ってなかったの?」
「はぁ、これから帰るとこ・・・ちょっと○○(担任)に呼ばれてて・・・」
「そうなんだ。で、勉強の方は順調に進んでるの?」
「んー、いまいちかなー。今も絞られたしw。それより先生はどうしたの?」
「私は放課後の見回り。いつも3年生の教室は私が見回ってるのよ。誰か悪さしてるのはいないかって。だからあなたも早く帰りなさいw」日頃、補講で顔をあわせていることもあってか、M先生は結構気安い調子で話しを続けてきた。
「ところで志望校は決まったの?」
「うーん、まだハッキリとは・・・、やっぱり成績次第だし」
「そうかー。でも大学って入ることよりも、入った後のほうがずっと大事だからね。今よりも世界が広がるし、楽しいことも多いよ。だから今は大変でも頑張って勉強しないとね」
「それは分かってるんだけどさ・・・。ねぇ先生は大学って楽しかった?」俺は教室でM先生と二人きりというシチュエーションにかなり胸をドキドキさせつつも、それを気取られないよう、なんとか短い言葉で会話をつなげた。
「私は楽しかったよ。勉強もしたけど、色々なところに遊びに行ったし、色々な人とも知り合えたし。だからA君もこれからきっとそういう良い経験が沢山出来ると思うよ」俺が緊張でドモリそうになるくらいドキドキしてるっていうのに、M先生は当たり前とはいえいつもと口調が全く変わらない。
それにいつもそうなんだけどM先生は人と話しをする時に、殆ど視線を逸らさずに真正面から見つめてくる人なので、俺は射すくめられるような気がして余計気が動転してしまう。
「色々な人かー・・・。先生は大学の時に彼氏とかいたの?」図らずもM先生と二人きりの状況になり、それ故の緊張感からか俺は舞い上っていて、つい普段から気になっていたM先生の男関係の質問を率直に尋ねてしまった。
今思えば何でいきなりそんなことをって思うけど、多分あの時は精神的にいっぱいいっぱいだったんだと思う。
「うーん、それは言えないなーw。そういう話しをすると○○先生に怒られちゃいそうだしw。でも別にいたとしてもおかしくはないでしょ。悪いことじゃないんだしw」多少驚いた表情を浮かべたものの、案の定さらっと受け流すM先生。
「でもそう言うってことはいたんだw」と、笑いながらも少しショックな俺。
「んー、だから内緒だってw。でもA君だってこれからきっとそういう人が現れると思うよ。それとももうそういう人いるんだっけ?ww」
「いやいや俺はそういうの全くだめだからw。俺、全然モテないしww」別にことさら卑屈な言い方をするつもりはなかったんだけど、それまで異性に告白をしたりされたりということはおろか、そもそもさしたる恋愛経験すら無いことに日頃から引け目を感じていた俺は、ついそんなコンプレックス丸出しのセリフを口にしてしまう。
「もー、そういうことは自分で言っちゃだめでしょーw。大丈夫だって、もっと自信を持たないと」M先生が、しょうがないわねー、みたいな口調で俺を嗜める。
「いや、自信たって俺本当にそういうのダメだしw。それに今までだってそういうの全然ないしさ」
「でも、だからってそういう風に言ってても始まらないでしょ。情け無いよ。全くw」
「いや、でも・・・」
「あのねっ」情け無いセリフ続きになってしまった俺の言葉をM先生が強引に遮る。
さっきよりも少しだけ言葉の勢いが尖っていた。
「あのね、そういう情けないことは自分で言っちゃだめなの。物事って考え方ひとつで全然変ってくるもんだし、そんなこと言ってても良いことなんて何もないでしょ。分かってる!?」
「・・・」
「それにね、あなた自分ではそんな風に言ってるけど、私はA君はそんなに悪くないと思うよ。確かに△△君(同じクラスのバスケ部キャプテン。こいつはモテモテ)みたいな感じとは違うけど、真面目だしちゃんと相手のことを考えてあげられる人だし・・・。
いつだったか補講で古典の全集を沢山使った時も、その日私が体調が良くないって言ってたら、授業が終わった後に何も言わずに図書室に戻しておいてくれたことがあったでしょ。
ああいう心遣いってちょっとしたことでもやっぱり女の人は嬉しいもんなんだよ」
「・・・でもそういうのは当たり前のことだし」
「だからそうじゃなくて、そういうことが自然に出来るってことが大事だって言ってるの。女の人も大人になると見た目のことだけじゃなくて、男の人の全部を見て判断するようになるんだから。私はA君は大人になったらモテるタイプだと思うよ」今思えば、これは今ひとつ褒められていないような気もするんだけど、M先生は叱るとも諭すとも言えない口調で俺のことを励ましてくれた。
言葉の端々からM先生が真剣に言ってくれているっていうのが伝わってきたし、俺からするとそれを言ってくれたのがM先生だっていうことが何よりも嬉しかった。
この時期の俺にとって、異性に興味を持ちつつも実際には縁の無い生活をしているというのは、単純にコンプレックスというだけでなく、将来自分も人並みに彼女が出来たりすることはあるんだろうかみたいな漠然とした不安の種でもあったんだけど、M先生にそう言ってもらえたことで、自信という程では無いにせよすごく気は楽になったし、古典の全集の件も喜んでくれていたんだと思うと嬉しくて、俺はなにか居ても立ってもいられないような心持ちになった。
「わかった。じゃあもし誰も相手してくれなかったら先生に相手してもらおうかな」俺は何を言えばよいかわからなくなってしまい、精一杯のベタな憎まれ口を叩いた後、「じゃ、帰る」と言って教室を出た。
「ちゃんと勉強しなさいよ。今はそっちの方が大事だよ!」後ろからM先生の声が降ってくる。
その声を背中で聞きながらも、俺の頭の中ではM先生の「A君はそんなに悪くないと思うよ」という言葉がぐるぐると駆け巡っていた。
体の中でアドレナリンが噴き出すってこういうことを言うのかってぐらい体が熱くなるのを覚え、今にも走り出したくなるような衝動を押さえながら俺は家路を急いだ。
冷静になって考えてみればM先生の言葉は情け無い生徒を励ますための社交辞令だったのかもしれないし、会話そのものも取るに足らないものだったかもしれない。
でもそんな言葉であっても当時の俺にとって舞い上るには充分すぎるインパクトだったし、何よりもこのことをきっかけに俺にとってのM先生は、単なる憧れの先生から本当に好きな一人の女性へと一気に変化していった。
恋愛経験の少ない俺にとってM先生の言葉はあまりにも刺激が強すぎて、俺はあっという間に恋に落ちてしまったんだ。
M先生との放課後の一件があって以来、俺はほんの少しだけど変わったと思う。
勉強はM先生のことを考えてしまい逆に手に付かなくなってしまったりもしたけど、それでも俺なりに真面目に取り組んでいたし、日常生活でもちょっとだけだけど自信の様なものが芽生えた様な気もしていた。
一方、補講に関しては、クラス担任から古典以外の他の科目を選択するよう命じられてM先生の講義を受けることが出来なくなってしまうという事態に陥った。
といってもこの補講は通常の授業とは違い、受験対策の演習や解説を繰り返し行うのが特徴だったから、受講してる生徒も一通りの内容を終えると別の科目に選択替えすることも珍しくなく、むしろ俺みたいにずっと同じ科目を選択したままの方が少数派で、仕方が無いといえば仕方が無かったんだけど・・・。
当初、俺はM先生の補講が受けられなくなるのが嫌で、「俺、古典苦手なんで」とか「家では古典の勉強しないから補講で補ってるんです」とか言って誤魔化していたんだけど、ついに担任からM先生に直接俺の科目移動が命じられ、俺はM先生から引導を渡されることになってしまった。
「A君ちょっといい?今日ね○○先生から呼ばれたんだけど」ある日の補講の開始前、俺はそう言ってM先生に話しかけられた。
「あ、科目移せって言ってたんでしょ?」
「そう。社会の選択か英語の長文読解を受けさせたいって言ってたよ」
「何だかなー。そういうのは自分で決めるっつーの。何だよまったく・・・」
「でもね、私もそうしたほうがいいと思うよ。だってA君だいぶ古典の成績も上がってきたみたいだし、これからの講義は今までやってきたことを繰り返す部分が多いから、時間がもったいないっていうのは確かにあるからね・・・」M先生の口調はごく普通の事務的な感じで、俺はちょっと寂しさを感じた。
ただ俺としてもこれ以上古典の受講に固執して周りから変に思われるのも嫌だったし、何よりもここで断れば今度はM先生に迷惑がかかりそうな気がして、やむなく俺は指示に従うことにした。
「わかった。でも俺もっとM先生の補講受けたかったんだけどなー」放課後の教室の一件以来、俺は照れ臭さもあって、M先生と親しく話す機会は殆ど無かったんだけど、この時はたまたま周りに人がいなかったことと、どうもM先生の素っ気無い口ぶりが気になって、俺はわざと拗ねる様な言い方をしてみた。
「何を甘えたこと言ってんのww。あなた受験生なんだから仕方ないでしょ。それに古典で分からないところがあればいつでも教えてあげるんだから、他の科目も頑張りなさいよ」ここで冷たい対応されたら嫌だなと思ったけど、M先生は俺の言い方を嫌がる風でもなく、笑いながらいつもの調子で受け止めてくれて、俺は少しホッとした。
「そんなこと言われたら、俺毎日質問しに行っちゃうかもw」
「いいよー別に。でもその分成績は上げないとダメだからね。それと質問は国語のことだけね。前みたいに彼がどうとか言うのは禁止だからねw」
「でもそういうことのほうが聞きたいんだけどなw」
「何言ってんのw」久し振りのM先生との会話に嬉しくなって軽口を叩く俺に対して、M先生は笑いながら少し怒ったような表情をすると、軽く俺の頭を小突くような真似をした。
科目を移動することになったのは残念だったけど、俺はM先生と僅かとはいえあの放課後以来の親しげなやりとりが出来たことと、あの時の会話をM先生が覚えていてくれていたことが嬉しくて、ちょっと大袈裟にM先生から逃げる振りをしておどけた。
やっぱり俺はM先生が好きだぁ・・・俺はこの時とばかりにM先生のことを見つめながら、そんなことを改めて考えていた。
その頃から受験の時期まではあっという間だった様な気がする。
M先生はクラスの副担任だから毎日顔は合わせるものの、その後は特に親しく話しをする機会には恵まれず、俺としても心なしかM先生が俺のことを気にかけてくれているんじゃないかという気配を感じたりはしたものの、それは単に俺の方が気にしているからそう感じるだけという気もしたし、結局のところそれを確かめる術も機会も無いまま、いよいよ季節は受験シーズン本番へと突入して行った。
その頃の俺はといえば相変わらずM先生のことを考え悶々としてはいたものの、さすがに今は勉強を優先しないとまずいと思う一方で、受験さえ終わればその時は玉砕覚悟でM先生に自分の気持ちを伝えたいとも思うようになっていた。
当時の俺にとって、M先生は初めて本気で好きになった女性といっても過言ではなく、その人に自分の気持ちを伝えること無く卒業してしまえば、後で絶対に後悔するという気がしていたし、むしろそういう取り返しのつかないことだけは避けなければという気持ちが何より強かったように思う。
何をするにしても積極性とは縁のない俺ではあったけど、このことだけは間違っちゃいけない、間違ったら絶対に後悔する、経験地の低さゆえか俺はそんなことをやや大袈裟なぐらい考え、一人気持ちを昂ぶらせていた。
「本当に気持ちを伝えられるのか・・・」
「いくらなんでも勘違いしすぎ・・・」
「相手にされるわけ無いし・・・」
「でも、ひょっとしたら・・・」告白するなどと意気込みつつも、こんな風にM先生に対する様々な気持ちを錯綜させながら受験直前の日々を過ごしていた俺に、小さくも強烈な爆弾を投下したのはやっぱりM先生だった。
入試を一週間後ぐらいに控えたある日の教室で、「ちょっと渡したいものがあるから職員室まで来てくれる?」俺はほんとに何気ない調子でM先生に声をかけられた。
周りには普通に友達もいたけど、その頃は誰とは無く入試対策用のプリントなんかを取りにくるよう呼び出されたりすることが珍しくなかったので、その時も特に誰も気に留めることは無く、俺も内心はともかく見た目は普段どおりの感じでM先生と教室を出た。
職員室に向かう廊下を歩きながら、久し振りにM先生と話しをする。
「いよいよ試験だね。調子はどうなの?」
「まぁ、なるようになるとしか言えないかなぁw」
「ちょっとー、ほんとに大丈夫なの?最後まで気を抜かないで頑張らないとダメなんだよ」
「うん。分かってる」試験が終わればM先生に俺の気持ちを伝える。
俺は試験以上に、そのことを考えると身が引き締まるような気がして、自然といつもより少し口調が硬くなった。
職員室に着くと、予想通り古典に関するプリントを渡された。
「これ、予想問題集と解説。最終チェック用に試験科目に古典がある人に配っておいてください」職員室内ということでM先生の口調も改まっている。
俺がプリントを受け取ると、M先生は続けて小さく周りを見渡し、近くに人がいないことを確認すると「あと、これはあなたに。ほんとはいけないんだけど、あなたなんか頼りないから」と小声で言うと、小さな事務封筒を手渡した。
俺はその封筒を周りの教師に悟られないよう無言で受け取ると、そのまま教室に戻り、預ったプリントをみんなに配った後、即行でトイレの個室に駆け込んだ。
校名の入った事務用の茶封筒が少し膨らんでいる。
俺はゆっくりと封筒を逆さにして中身を取り出した。
中からは「学業成就」と書かれたお守りと、「自信を持って頑張りなさい!!」と書かれた小さな紙片が出てきた。
手紙と言うにはあまりにも小さいその紙片は、薄いグレーのシンプルなデザインで、M先生らしい大きく力強い文字で言葉が記されていた。
「先生・・・」みぞおちの辺りにキュルキュルっと締め付けられるような感覚があり、俺は思わず脱力して便座に腰を下ろした。
「なんか、もうやばい・・・」俺は入試が終わった後のことを想像し、「もう絶対告白するしかないなぁ」とか「もう逃げ道は無いぞ」とかそんなことををぼんやりと考え、感動なのか興奮なのかわからないけれど少し体が震えるような感覚を覚えていた。
振り返ってみると、俺はこの時初めて生涯初の告白というものを、想像ではない現実のこととして捉えていたんだと思う。
想像の世界から、急に現実に引き戻された様な生々しさ。
入試同様、結果はどうであれ気が付いたらゴールは思っていた以上に近いところまで迫っているということを、俺はいきなり胸元に突きつけられたような気がしていた。
試験は出来たり出来なかったりだったけど、兎にも角にも入試期間は嵐のように過ぎ去った。
結果から言うと俺は何とか第1志望の学校に合格することができた。
ただ、それはそれで良かったんだけど、その学校は俺の地元からは遠く離れていて、俺は卒業と同時に地元を離れ一人暮らしをすることが自動的に決まってしまった。
あと一月もしないうちに地元を離れるという現実に直面し、俺は今さらながら焦燥感を覚えた。
試験が終わった俺にとって、今や最大の関心事はM先生のこと以外にありえない。
残された僅かな時間の中で、どうやってM先生に気持ちを伝えるか。
試験が終わった俺は始終そのことばかりを考えるようになっていた。
しかし、いざ考え始めてみると、確実にM先生と会えて、ゆっくり話せる場所というのは思いのほか少ないことにも気がついた。
それ迄は漠然とどこか人気の無い場所で告白すればいいと考えていたんだけど、実際問題としてはどこかにM先生を呼び出すといってもどういう方法で呼び出せばよいかが難しいし、そもそもM先生が俺の呼び出しに素直に応じてくれるかも分からない。
それだったらいっそ校内のどこかで俺がM先生を待っている方が確実性は高いように思うけど、人目が無く確実に会える場所となると果たしてどこがあるか・・・考えた結果、俺は校内の駐車場でM先生を待つことにした。
田舎にある学校なので、M先生を始め多くの教職員は車で通勤していたから、駐車場にいればM先生に会えるのは確実だったし、うちの学校の駐車場は敷地の上が体育館になっていて、階段があったり体育祭で使う雑多な用具等が置かれていたりして死角も多かったから、M先生を待っているのを誰かに見咎められたりする心配が少ないことも好都合だった。
冷静になって考えれば、薄暗い駐車場で女教師を一人待ち伏せしている生徒っていうのもかなり危ない気がして、その点は心配だったけど、その時の俺には駐車場での待ち伏せ計画以上の名案は浮かばず、俺はそれなりに満足をしていた。
あとは日にち。
俺は思いを伝えた後に、学校でM先生と顔をあわせるのは余りにも恥ずかしいという気がしたので、Xデーは卒業式の翌日と決めた。
「一応、卒業式の後ならもう生徒じゃないのかな?」そんなことも免罪符のように感じながら、ようやく俺の高校生活最後にして最大のイベントの計画は決定した。
そして卒業式当日。
3年間一緒に過ごした仲間と別れるのは寂しかったし、新しい生活への期待と不安も入り混じり、俺なりに感慨深いものを感じた。
もちろんM先生にも挨拶をした。
この一年間お世話になったことを、簡単ではあったけど、きちんとお礼を言った。
心なしかM先生の目も潤んでいたような気がする。
(でも先生、俺が本当に言いたいことは明日言いいますから・・・)そんな言葉を飲み込んで、俺の高校生活は幕を閉じた。
翌日はもうすっかり春を思わせる陽気だった。
俺は朝からもう居ても立ってもいられない状態で、何度も何度もM先生に会ってからのことをシミュレートしていた。
ただいくらシミュレートをしてもやっぱり想像は想像でしかなく、今ひとつしっくり来ないばかりか、かえって緊張感が高まってしまい逆効果のような気もした。
午後になり学校へ向かう。
体がふわふわしていて、歩いていても自分の足じゃないみたいでどうにも足取りが覚束ない。
学校に着けば着いたで、昨日まで当たり前のように闊歩していた校内が、卒業してしまうとただの不法侵入者になってしまうのかと思うとちょっと不安を覚えた。
見慣れたはずの景色がなんだか妙に他人行儀な気がして居心地の悪さを感じる。
俺は誰にも見られないように足早に駐車場に向かった。
俺は駐車場でM先生の車を確認すると、すぐ近くにある物置の様な建物の影に腰を下ろした。
周りには色々なガラクタ類がたくさん置いてあり、ここならよほどのことが無い限り人には見つかる心配もない。
体が落ち着くと、今度は急に「俺は一体何をやってるんだ?」という思いが去来する。
独り善がりもいい加減にしろよみたいな感情も沸き上がってきて、かなりナーバスな状態になっているのが自分でも良くわかる。
しかしあと2・3時間もすればM先生は帰宅するために間違いなくここにやってくる。
もう今さら足掻いても仕方が無い。
覚悟決めないと。
目を瞑り深呼吸を繰り返す。
間違いなく入試の前より緊張してるなと思うと妙におかしくて、少し緊張がほぐれた。
賽は投げられたってこういう時に使う言葉なんだなぁとか、関係ないけど漠然とそんなことを考えていた。
それから数時間が経ち、周囲が暗くなり体育館の部活の声も聞こえなくなった。
既に何人かの教師が50mほど離れた教職員通用口から現れては車に乗り込み帰宅していった。
しかしM先生はまだ出てこない。
早く出てきて欲しいような、このまま出て来ないで欲しいような複雑な心境。
気持ちが落ち着かない。
しかし駐車場の車が半分ぐらいになった時、ついにM先生が通用口から現れた。
幸いなことにM先生は一人で、他の教師と一緒だったらどうしようという心配は杞憂に終わった。
しかしこれでもう逃げ道も無くなった。
俺はいきなり飛び出して驚かせてはいけないと思い、M先生が近づいてくる前に車の側に早めに立った。
心臓の鼓動が早くなり、足には力が入らない。
何か頭がクラクラする。
M先生が俺に気付く。
いや正確には俺とは気付いていないかもしれない。
誰がいるんだろうという感じで目を凝らしている様子が窺える。
俺は自分から声を掛けようと思っていたのに、緊張で一言も発することが出来ず、ただ突っ立ったままだった。
案の定、散々行ったシミュレーションは初っ端から何の役にも立ちはしなかった・・・。
「・・・A君?」M先生が声を掛ける。
「・・・うん」正しく蚊の鳴くような声で返事をする俺。
情け無い・・・。
「何やってんの、こんなとこで?びっくりするじゃない。もー」M先生がホッとしたような声を出す。
明るい声で、思ったよりも全然不審がられていない様子でちょっと気が楽になる。
「何?待ち伏せ?もしかして私のこと待ってたの?ww」少しふざけた口調ながらも、俺の欲目かM先生も心なしか喜んでいるようにも見える。
でも俺の行動はすっかり読まれてる感じ。
「・・・うん、ちょっと」
「ん?どうしたの?」
「・・・うん、ちょっとお礼を言おうと思って・・・」
「お礼って?」
「だから・・・今までお世話になったお礼・・・」
「お礼なら昨日聞いたよーww」M先生が悪戯っぽく笑う。
「いや、そうじゃなくて・・・」M先生は余裕なのに、俺のほうはこの時点ですっかり喉がカラカラの状態で、緊張のあまり呂律も廻らなくなってきた。
しかしここまできたら、もう逃げ出すわけには行かない。
俺は一気に今日ここに来た理由をまくし立てた。
M先生のことがずっと以前から気になっていたこと。
古典の補講もM先生が担当だったから受けたし、すごく楽しかったこと。
放課後の教室での激励がほんとに嬉しくて、その後少しだけど自信がもてたこと。
補講を受けられなくなった時は残念だったこと。
受験前にもらったお守りとメッセージがびっくりしたけどすごく嬉しかったこと。
そして、好きだっていう気持ちをどうしても、直接会って伝えたかったこと・・・恥ずかしさのあまり俺はM先生の顔は全く見れなかったけど、半ばヤケくそ気味にこの1年間の思いのたけをM先生にぶつけた。
所々つっかえたけど一通り言いたいことを言って、俺が顔を上げると、意外にもM先生はすごく真面目な顔をして俺のことを見つめていた。
「・・・もう終わり?」
「・・・はい・・・」少しの沈黙の後、M先生が喋りだした。
「A君ありがとね。実はね、私もA君にお守りをあげたことが気にはなっていたの。教師としては特定の生徒にだけそういうことをするっていうのはやっぱり良くないことだし、A君にもかえって余計なプレッシャーを与えちゃったんじゃないかなって・・・」
「そんなこと・・・」
「でもね、そういう風に思ってたけど、今のA君の話しを聞いてたらやっぱりあげて良かったなって思ったよ。教師としてはダメかもしれないけど、A君がずっとそうやって思ってくれてたんだったらそれはそれで良かったのかなって。そのことがずっと気になってたけど、今日A君が言ってくれたから私も言えて良かったよ」さっきまでの調子と違い、M先生は真剣な口調でそんなことを言った。
俺はまさかM先生がそんな風に考えているとは思わなかったし、嬉しくもあったんだけど、何と返事をして良いかがわからず、ただ無言で立ちすくんでいた。
何か言わなきゃと焦るけど言葉が出てこない・・・。
とその時、助っ人が現れた。
と言ってももちろん誰かが助けに来てくれた訳じゃなくて、ちょうど教職員通用口が開いて誰かが駐車場に向かってくるのが見えたんだ。
「先生、誰か来る!」ある意味、我に帰るM先生と俺。
「ごめん!もう1回隠れててくれる」M先生の言葉を待つまでも無く、俺は慌ててさっきまで潜んでいたガラクタの陰に身を潜めた。
現れたのは普段から口うるさい教頭。
こんなところを見つかったら、俺はともかくM先生の立場はまずいことになる可能性もある。
教頭とM先生は二言三言言葉を交わし、最後はM先生が挨拶して車に乗り込んだ。
と思ったら、M先生、車のエンジンをかけて走って行っちゃった・・・。
まさかこのまま置いてけぼりってことは無いとは思うけど、あっけにとられる俺。
しばらくして教頭の車も走り去り、あたりが静かになる。
殺風景な駐車場で一人ポツンと立っていると、しばらくしてM先生の車が戻ってきた。
「ごめんね。あのまま駐車場にいると変に思われそうだったから一旦外に出ちゃったよ。置いていかれたと思った?」
「いや、さすがにそれは無いと思ったけど・・・びっくりした」
「ごめん、ごめんww」戻ってきたM先生はさっきの様子とは打って変わって、上機嫌でコロコロ笑っている。
俺が駐車場で一人ポカンとしているところを想像したら可笑しくなっちゃったらしい。
そう、M先生って意外とこんな風に笑う人なんだよな。
俺は今更ながらM先生との色々なやり取りを思い出しながら、ちょっと気持ちが解れた。
M先生は俺のそんな気持ちの変化を気にする素振りも無く、「ここにいるとまた誰か来たら置いてきぼりになっちゃうね。ね、お家が大丈夫だったらこれから一緒にご飯でも食べに行こうか?進学のお祝いしてあげるよ」とごく自然な感じで俺を誘ってくれた。
まさかM先生の方から食事に誘ってくれるという意外な展開。
この流れも俺の事前シミュレーションには全く無かった。
というか良い意味で想定外すぎる。
俺は二つ返事でOKし、M先生の車に乗り込ませてもらった。
「校門出るまでは隠れててよww」何となくこの状況を楽しんでいるような表情で笑うM先生が可愛いっ!!それに車の中は何とも言えないいい匂いに包まれていて、まるで夢の様な気分。
俺は助手席で身体を小さく丸めながら、この展開が現実なのかと頬をつねりたい気分だったけど、そんな心配をするまでも無く、それは俺が想像することすら出来なかった夢の様な現実だった。
「あー、ドキドキしたねーww」校門を出るとM先生が話しかけてくる。
しかも昨日までの会話とは微妙に口調が違っている気がする。
言葉に親近感があるというか、親しみが込められているというか・・・(・・・・もしかしてこれはデートというものなのか?)成り行きとはいえ生涯初のデートを思いもよらずM先生と出来るなんて、こんな幸せなことがあっていいんだろうか・・・俺はしみじみと幸せを噛み締めた。
それからの数時間は正に夢心地だった。
地元では知り合いに会うかもしれないということで、俺たちは少し離れた場所にあるショッピングモールまでドライブし、その中のステーキハウスで夕食を食べた。
正直、俺は緊張と興奮で味はよく分からなかったけど、この1年間のトータルよりもはるかに多い量の会話をM先生と交わすことができた。
俺は、M先生がよく笑う、思っていたよりもずっと気さくな人だって知って改めて魅力に取り付かれてしまったんだけど、M先生はM先生で「A君って意外とよく喋るんだね。そんな風に明るくしてたらもうちょっと女の子にモテたかもよぉw」なんて褒めてるような嫌味のようなことを言って俺のことを馬鹿にした。
でも楽しい時間ってほんとあっという間に過ぎてしまう。
食事を終え、8時を過ぎたぐらいになると、M先生が「そろそろ帰らないとね」と言い、俺たちは店を出た。
「えーっと駅は□□駅でいい?送ってくね」とM先生が駐車場で言う。
でも俺はこの夢の様な時間が終わるのが嫌で返事ができない。
それに駅で別れるといっても、それは今までのように「また明日」っていうような別れとは違い、地元を離れる俺からすると、下手をしたらこれがM先生との最後の別れになるかもしれないわけでそう考えると俺はとてもじゃないけど返事が出来なかった。
俺はこの時も何といって良いか悩み、無言で立ちすくんでしまった。
「どうしたの?」訝しむようにM先生が尋ねた時、俺は意を決した。
見えないか何かが背中を押してくれたような感覚。
多分それは俺がM先生のことを心底好きだという気持ちそのものだったんだと思う。
この何時間M先生と話しをして、俺はもちろんだけどM先生にしても少なくとも俺に対して好意を持ってくれているというのは分かった。
例えそれが恋愛という感情ではないにせよ、M先生が俺を食事に誘ってくれて、この時だけは二人だけの時間を過ごしてくれたことは紛れもない事実。
俺はここで勇気を出さずに一体いつ出すんだという思いで口を開いた。
「・・・ねぇ先生。俺、まだ帰りたくないです・・・」
「えっ!?」M先生が驚いたような顔で俺を見つめる。
「・・・まだ帰りたくないです」
「・・・でも、そんなこと言ったってどうするのよw?家の人だって心配するし、時間が時間だから私だってもうこれ以上A君のこと連れ回せないよ」
「家は大丈夫。ただ俺もうちょっと先生と一緒にいたい。それに今ここで別れたらもう二度と先生に会えなくなるかも知れないし・・・」
「もう、大袈裟だなぁ。大丈夫、また会えるよ。A君また会いに来てくれればいいじゃないw」
「・・・・・・」
「ね、だから行こう」そう言ってM先生が俺を促す。
俺はどうしても足が動かない。
「・・・ねっ、行こ」業を煮やしたのか、M先生が俺の手を取り引っ張ろうとした時、再び俺の中で何かが破裂した。
「・・・先生」
「ん?」
「・・・先生、俺、先生とキスしたい・・・」ついに言ってしまった。
「俺、今まで誰とも付き合ったこと無いし、キスだってしたことない。だからって言うのも変だけど、俺先生に最初の相手になって欲しい・・・」
「・・・・・・」
「・・・駄目?」M先生が明らかに戸惑っているのが分かる。
なんと答えて良いかを考えている様子。
だだっ広い駐車場を風が吹き付ける中で沈黙が続いた。
「・・・ごめんね。でもいきなりそんなこと言われても、教師としてはそういうことはできないよ・・・」しばらくしてM先生が口を開く。
「俺、もう生徒じゃないです・・・」
「それはそうだけど・・・。でもやっぱりそれは無理。・・・ごめんね・・・」M先生の困った顔。
そんな顔も魅力的ではあるけど、やっぱり現実は甘く無い。
「そっか、やっぱり無理だよね・・・」
「ごめんね。でも、そういう風に言ってくれるのは嬉しいよ。ありがと」そう言うと、M先生は微かに笑い、「キスは無理だけど、握手」と言って俺の目の前に右手を差し出した。
「ね、握手しよ」M先生はもう一度言うと、失意と緊張で固まっている俺の手を取るとギュッと力を込めた。
M先生の細くてしなやかな指の感触と手の温もりが伝わってくる。
俺はM先生を見つめた。
M先生も真正面から俺のことを見ている。
俺が1年間見つめ続けてきたM先生が目の前にいる。
やっぱり堪らなく愛しい・・・俺はもう駄目だった。
雰囲気に飲まれ、完全にM先生に酔っていた・・・俺は力づくでM先生の手を引っ張ると、有無を言わせず抱きしめてしまった。
「きゃっ!」小さな悲鳴を上げるM先生。
「先生ごめん。でも俺止まらなくて・・・」そのままの状態で言い訳をする俺。
あごの辺りにM先生のやわらかい髪の毛の感触。
細い肩と大人の女性特有の甘い香り。
M先生は無理に抵抗すること無く俺に身を預けたままでいる。
頭の中が真っ白になる。
「・・・先生、俺先生のこと好きです。付き合ってくれなんて大それたことは言えないけど、今日だけでいいんで、今日だけ俺と付き合ってくれませんか・・・」気持ちの異常な昂ぶりにもかかわらず、俺は自分でも驚くほど冷静に、そして思いっきり大胆な本音を口にした。
「・・・付き合うって?」俺の胸の中でM先生が小さく尋ねる。
「・・・今日だけ、付き合うって・・・どういうこと?」
「・・・だから今日だけでいいんで、俺とずっと一緒にいて欲しいってことです・・・」俺はひるみそうになる気持ちを抑えて必死に答えた。
M先生は俺の胸に両手を添えると、俺の体を押すようにしてゆっくりと俺から離れた。
「・・・A君、それ本気で言ってるの?」
「・・・うん・・・」至近距離から俺を見つめるM先生に、声を絞り出すように返事をする俺。
少しの沈黙。
「A君、そんなこと簡単に言うけど、それってすごく大変なことだよ・・・ほんとに本気で言ってるの?」
「本気も何も、俺はM先生が好きですから!」吹っ切れたように俺がそう言葉に力を込めると、M先生は困ったような表情を浮かべうつむいた。
髪の毛がパサリと落ちてM先生の顔を隠す。
俺は俺でもうこれ以上何か言うのは気が引けるような気もしたし、何よりもこれ以上は体に力が入らない。
立っているだけで精一杯。
なんか一瞬で自分の全精力を使い切った気がした。
居心地の悪い時間が随分と長く感じられた後、M先生がようやく口を開いた。
「・・・ねぇ、A君?」
「・・・はい」
「・・・困ったね・・・」
「・・・・・・」俺がM先生の真意が分からず黙っていると、M先生はかすかに笑うと「ちょっと、ここで待ってて」と言い残し、建物のほうへ歩いていった。
駐車場に立ち尽くす俺。
M先生の真意は分からないけど、ただ俺にはもう退路が無いことだけは間違いなかった。
言うことを言ってしまった以上、後はM先生の判決を聞くだけ。
俺は脱力感と共に、一種の清々しい気持ちさえ覚えながらM先生の戻りを待った。
M先生は数分で戻ってきた。
その顔にはほとんど表情がなく、見ようによっては怒っているようにも見えた。
「あー、やっぱり怒ってるのかな・・・」急に不安になった俺に対して、M先生はいつものように正面から真っ直ぐに俺の目を見つめると、少し息を吸い込み「本当にお家は大丈夫なの?もし家に帰らないつもりだったら、お家の人が心配しないように連絡だけはちゃんとしておかないといけないよ。最低限それだけはお願い」と小さく俺に命じた。
長いんで一度切ります。