強く儚いもの・・後編

2023/01/23

電車じゃ間に合わない。タクシーを捕まえる。
荻窪の、環八沿いのマンション。渡されてた合い鍵で中へ。
小綺麗にされた部屋。洒落た間接照明。寝室。セミダブルのベッド。ひきつる顔。
部屋の電気を消し、クローゼットの中へ。震える指で美保にメール。
【今日はほんとごめんな】。返信はない。
破裂しそうな心臓。誰か助けてくれ。美保の笑顔を思いだす。過去を思い返す。
こんな俺に、優しく笑いかけてくれた。人に心を開く喜びを教えてくれた。
未来を思い浮かべる。いつものように、映画館前での待ち合わせ。
ツモリチサトのコートを着た美保。変わらぬ笑顔。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

突然の着信、北島。

「おまえの負けかな。どうする?喰われちゃいますよ?」

粘着質な笑い声。答えず、電源ごと、押し潰すように切る。
どれぐらいの時間が経ったのだろう。玄関のドアが開く音。

「とりあえず水飲む?」北島の声。
「のむー」美保の声。

目の前が暗くなった。

「あーほんとだー。DVDいっぱいあるー」
「テレビは寝室なんだよね。入りづらいっしょ。貸してあげるから自分んちで観なよ」

いつになく紳士的な北島。
美保はその、被った羊の皮に気づかない。

「うーん…そうやね。あ、これ観たかったんよー」
「あー、おれそれまだ観てないかも。でも、いいよ」
「借りていいと?」
「うん。それともいまから一緒に観ちゃう?」

沈黙???。その時、美保は迷っていたのだろうか?
おれの顔が一瞬でも、脳裏をよぎっていたのだろうか?

?????寝室のドアが開いた。セッティングされたDVD。
画面は見えなかったが音楽でわかった。押井守の『攻殻機動隊』。
ベッドの縁にもたれかかり、しばらく見入る2人。
そして、北島が美保の肩に手を伸ばす?????

「あたし彼氏おるんよ」か細い美保の声。
「おれだって彼女いるよ。…でも、今日だけは何もかも忘れたい」

は?何を忘れんだよ?おい、北島てめえ!奥歯を噛みしめる。
口の中に広がる血の味。飛びかかって殴りたかった。
殴り殺したかった。ほんとに。ほんとに。なのに体が動かなかった。

それから俺がみたもの。
クローゼットの隙間から、おれが、焼けた刃で、両目をえぐるようにみたもの。
心理描写は勘弁してくれ。実は、そん時の俺の心ん中が、今でもよく思い出せないんだ。

後ろから美保に抱きついた北島は、うなじから耳元の辺りに顔をうずめてると
しばらく動かなかった。いま考えると、おれの反応をうかがってたんだと思う。
しばらくすると、その体勢のまま美保の顔を自分のほうに向けキスをした。
美保の動きは、最初こそぎこちなかったものの、
舌を吸われると自制がきかなくなったらしく、北島の動きに激しく答えていた。

「あたし酔っとるんよ」
「おれも酔ってる。今夜のことは2人だけの秘密な」

ベッドに倒れ込む2人。
ニットのセーターがまくり上げられ、美保の、小ぶりだけど形の良い胸が露わになった。
鷲掴みにし、ピンクの乳首を舌で転がす北島。「んっ…あっ」美保の口から吐息がもれる。そのままヘソに向かって舌を這わせ、スカートと下着を一気に引き下ろす。

「あっ、そこはやめっ、いけんて…んんっ」

北島は無視し、半ば強引に舌と指を使って、美保のアソコを責め立てた。
指の動きがどんどん早くなっていく。

「あっやだ、なんか出ちゃう、やっ」

クチュクチュと大量の潮を吹き散らし、エビ反りになると
美保はピクッピクッとあっけなくイッてしまった。

「しゃぶって」

仁王立ちになった北島は腰を突き出した。
放心したような顔でボクサーブリーフに手をかける美保。
現れた北島のソレは既にはちきれんばかりに勃起していた。長さはおれのと同じぐらい。
でも北島のはカリの部分がゴツく、黒光りしていて、
全体的に暴力的な猛々しさを感じさせた。
美保は、そのアヒル口いっぱいにソレを含むと、ゆっくりと首を前後させる。

「彼氏にしてるようにやって」

そう言われた美保は、目を固く閉じ、何かを吹っ切るように激しく頭を振りはじめた。

「舌先でチロチロって、…そう、あー、すっげきもちいい」

にやけた顔でそう言った北島は、美保の口からソレを引き抜くと、
半開きになったその口に濃厚なキスをした。

「美保ちゃん普段、上に乗ったりする?」「…うん」

北島は美保を抱えて自分の上に跨らせ、濡れぼそったアソコに下からアレをあてがった。

「ゆっくり腰おろして」

美保は少しづつ、何かを確かめるように、自分の中へ北島のソレを埋め込んでいった。
完全に収まると、軽く息をつき肩を震わせた。

「好きなように動いて」

北島に言われると美保は小さく円を描くように腰を回しだした。

「いけん、どうしよう、きもちいいよ」

そう漏らすと腰の動きは徐々に大きくなってゆく。
それにあわせるように、北島も下から腰を突き上げはじめる。

「あっ、あっ、んっ、やだ、きもちいいよ」

泣き出しそうな美保の声。北島は猛然とペースをあげた。

「あっ!やだ、んっ、ちょっ、まって!やだっ!ねえ、おねがい!やっ!」

美保の懇願を無視し、ものすごいスピードで北島は下から突きまくる。
美保の腰がガンガン浮き上がる。

「あっ!だめ、やだっ!すごい、あんっ、イク!イッちゃうよ!やだっ、ああっ!」

全身を朱に染めて、限界まで背中を反り返らせた美保はガクガクと体を痙攣させた。
そして、そのままぐったりと後ろに倒れ込む。
北島はすぐさま体勢を起こすと、美保の体をくの字に折り曲げ、更に激しく打ちつける。

「いゃぁあん!おかしくなっ!やっ!あんっ!あっ!イク!イク!イッちゃう!」

悲鳴のようなあえぎ声。

「すっげエロいのな、おまえ」

嬉しそうに笑う北島。伸びきった美保の足を横に倒し、腰を抱えるように持ち上げる。
バックの体勢になると、再び勢いよく腰を振りはじめた。

「やあぁん!あん!あんっ!こ、こわれ、あっ!はんっ!」

狂ったような早さのピストン運動。美保のヒザが浮き、手はシーツを握りしめる。

「彼氏とどっちがいいよ?おら!なあ?」

美保はよだれを流しながら口をパクパクさせた。

「あぁ?聞こえねえよ、おら!」
「こっちのほうがいいっ!あっ!あたし、へんに、やっ!またイッちゃうっ!ああぁっ!」

『なんかねー、愛のようなものをかんじたっちねー』

はじめての夜の、美保の言葉がよみがえる。心の砕ける音が聞こえた気がした。
おれはクローゼットを出た。なにも言わず玄関に向かう。

「えっ?何?えっ?」美保の声。
そこで北島を殴るなり、かっちょいい捨てゼリフを吐くなり
(「邪魔したな。気にせず続きを楽しんでくれ」とか)していれば、
その後の展開も変わっていたのかもしれない。

でもそん時のおれはなんつうか、ひどく疲れていて、全身の関節がつららのようで痛くて、
早く家に帰りたかった。マンションを出て駅に向かったら、もう終電はとっくに出た後で、
仕方ないから野方まで歩いた。

途中、携帯の電源を入れたら美保からの、メールが入ってた。

【怒っとらんよ。でもやっぱり○○くんとアメリ観たかったよ。すごーくよかった。
今年のベストワンやないやろか。パンフ買ったけ明日学校で見したげる】

携帯はヘシ折って、自販機横の空き缶入れに捨てた。
声をあげて、泣いた。

その後のおれは、しばらく外に出る気にもなれず、
ときたまビデオ屋やコンビニに行くぐらいで、後は12月に入るまでの数日間、
ずっと部屋にこもっていた・・・心のどっかの大切な部分が壊れてたみたいで、
感情がうまく機能せず、何をやるにもおっくうだった。
借りたビデオを観ずに返却することもあった。そんなんいまだかつてなかったこと。

携帯は破壊してたし、その間に美保や北島からなんらかの言い訳やら抗議やら
報告みたいなものがあったのかもしれないけど、わからない。
美保はアパートの住所知ってたけど、手紙なり、訪ねてくるなりということもなかった。

久しぶりに学校へ行った。美保の姿は見えない。クラスの女子数人が寄ってくる。

「○○くんさ、美保に何したの?」
「…」
「ずっと泣いてんだけど美保。ひどくない?」
「…」
「何があったんか知らないけどさ、話ぐらいしてあげなよ!
場合によってはうちら許さないからね」

『場合によっては』

ってどんな場合?たしかにおれは許されないことをした。種を蒔いたのはおれだし、
そっから育ったものが何であれ、原因はすべておれにある。
そんなん頭ではわかってるんです。でも心がついていかない。
とにかくそん時のおれは、女子というか、女の声が耳障りでずっとシカトしてた。
何それ友情?はいはいわかったからマンコ持ってる人間は気持ち悪ぃからすっこんでろ。

みたいな。

午後になると美保が教室に入ってきた。一直線におれの元へ。なんかすげえ気合入ってる。

「わたしも悪い!けど○○くんも悪いんよ!」

ごもっとも。頭ではわかっている。
逆ギレかよ。なのに心がついていかない。

「○○くんが先に謝ってくれんとあたし謝れないから!早く謝って!」
「…」
「謝りっち!早く!」
「…」美保の目が見れない。
「…ねぇ、おねがいだから謝ってっち…」そこで美保は泣き出した。
「…ひっぱたいて追いかけたんよ…。
駅とかどこかわからんけ、ずっと歩いて探したんやけね…」

おれはたまんなくなって、美保に背を向け教室を出た。

なんでおれはそん時『ごめん』の一言が言えなかったんだろう。
そもそもどうしてあんな賭けをしたんだろう。
どうしてそれを見ながら動けなかったんだろう。
それらしい答えも見つかる気はしたけど考えるのが面倒になってやめた。

バイト先には電話をし、無断欠勤を詫びるとともに、
体を壊したので(ほんとは心だけど)辞めたい旨を伝えた。
もし先月分の給料をもらえるのならば北島さんに渡しておいてほしいと言った。
そばに北島がいたらしく、なにか電話の向こうで会話があり、

「おう。じゃあ受け取っとくわ」受話器から北島の声。
「あぁ、どうぞ」気まずい沈黙。
「ビンタされたんですか?」そのまま切るのもなんなんで訊いてみた。
「ビンタ?なんでよ?朝まで一緒にいたよ」

受話器を置いた。たぶん嘘をついているのは北島のほうだと思う。
この期に及んでも美保を信じたいとかそんなんじゃなく、なんとなくそう思いたい。
いいだろ?それで。

それから現在に至るまで美保と話したことはない。
学校ですれ違っても目を合わせることができなかった。
周りも、ただのケンカ別れとは思えない、ただならぬ雰囲気を察してか、
そのことに触れてくる奴はいなかった。
美保には友達も多く、徐々にかつての明るさを取り戻していったみたい。
俺は俺で親しく話せる男友達もでき、いまだ目を見て人と話すのは苦手だったけど、
そいつらも同じく苦手だったようで、割と気楽な付き合いができた。

そんなこんなで月日は流れ、時間は、俺と美保の間の溝を埋めてはくれなかったど、
離れた距離が自然に思えるぐらいにはお互いの傷を癒してくれた。
俺の知る限り、卒業するまで美保は新しい彼氏は作らなかったようです。
俺?言うまでもないだろ。

今年、押井守の『イノセンス』が公開された時の紹介番組で
『攻殻機動隊』の映像が使われているのを見た。胸が苦しくなった。
吹っ切ったつもりでも、ふとした拍子に、たまらない胸の痛みを覚えることが今でもある。

アメリはまだ観ていない。これからも観ることはないと思う。

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