この愛しい人におれの全力の思いが伝わりますように

2018/02/04

投下してみる。
雪と会ったのは高校の入学式だ。
会ったというかそのときはまだ一方的におれが雪を知ったということなのだが、
ま、話はそこから。
体育館でのだりぃ式典がやっと終わったとき、
「こちらに来るように」と教師から肩を叩かれた。
肩を叩かれた生徒は他にもいて、おれたちは父兄ともども体育館の後ろにぞろぞろ連れられていく。
そうして集められた新入生と父兄の中に雪もいたわけだ。
「ここに集まってもらった人は本校の生徒としてふさわしくない頭髪・服装の人たちです」
と自己紹介不要で一目体育教師とわかるおっさんが力強くいった。
舐めてもらっちゃ困るという決意を発散させている。
それを合図に体育教師の後ろに待機していた数人のおっさんやおばさんがちりぢりに動いて、
きみの身だしなみのここが悪いと個別指導を開始した。
肩を叩かれなかった生徒とその父兄が好奇の視線を控えめに向けながら体育館を出て行く。
おれの場合短ランと呼ばれる裾の短い学生服とボンタンと呼ばれる太ももの太い学生ズボン。
っていうファッションが出てくると大体おれの年代想像できるだろうがそれはとにかく、当時は正真正銘の15歳だったおれは、
入学式早々注意を受けて恐縮しきりの母親を放置してすぐそばの美しい少女をチラ見してた。
茶髪(なんて言葉当時まだなかったが)というにもあまりに鮮やかな茶。
黄金色みたい。
「脱色? 染めてるの?」
というおばさん教師の詰問にやはり恐縮して身を小さくしている自分の母親を無視して、
彼女はふって湧いた言いがかりをつけられたみたいに、
けどその状況に特に追い詰められてるふうでもなく
「え? 地毛ですよ?」と首をかしげていた。
困ったな-という台詞が聞こえてきそうな微苦笑を浮かべ、しきりに首をかしげ、
大の大人が何をそんなに必死なの?と的な上から目線で教師を見ていた。
無実を訴えているやつや怒ってるやつや、ふて腐れてるやつがほとんどなのに、
彼女だけ余裕をもっていた。
真っ茶色の髪は眉にかかりそうなところで揃っていて(今でいうパッツンだね)、
少し吊り気味の瞳は大きく、そんで強い生命力に溢れている。
まつげが長い。
肌が透き通るくらい白くその白さはどこか儚く、
からだは小柄で、肩も腕も脚もとても細かった。
雪女みたい、とそのときおれはなんとなくそう思った。
差し詰め雪女村一番の美少女といったところか。
そして微笑む唇からのぞく、とてもきれいに並んだ白い歯並らびをみたとき
おれはのこのこ恋に落ちていたw「やべぇよ。あれ」
部室で学生服から剣道着に着替えながらSがいった。
「何がだよ?」
「ほら。C組の例の雪女」
おお愛しの雪ちゃん。
彼女の情報なら何でもいいや。
欲しい。
でもやべっぇて?
「がおうーの女なんだってさ」
がっ、がおう?「マジで?」てかなんでてめぉぇがそんなこと知ってる?
「今日聞いたんだけどC組のFがさ、金曜に彼女に電話番号きいたんだってさ、するとその晩にがおうーから電話あって」
「がおうーにやられたの?」おれはガクガク震えた。
「いあ。
呼び出されたとこにがおうー本人はいなかったんだけど、
がおうーの子分5,6人に囲まれて、もうめちゃめちゃに」
電番きいただけでめちゃめちゃに…
「これもさ、それ教えてくれたおれのクラスのやつの情報だけど、
これまでにも彼女に声かけた2年と3年も同じ目にあったってよ」
おれは竹刀を握った。
がおうー、か。
上段に構える。
忘れよう。
バイバイ可憐な雪女。
がおうーの女であることは、
雪の出身中学(不良の総本山)から入学したがおうーの後輩にあたる同級生からも確認した。
がおうーの何人もいる彼女のひとりとのことで、
行方不明になりたくなければ変な気をおこすなと忠告された。
もとよりそのような蛮勇の持ち合わせはない。
チラ見、それがこんなおれにも許された分相応の楽しみ。
C組の教室が近づくたびにそっとときめいて彼女を探した。
でもたいていの休み時間彼女は教室前の廊下にいた。
髪を黒くした彼女は、もっときれいだった。
いつだって数人の女の子の中心にいた。
全身で跳ねるようにしゃべり、他愛ない話題に大きな声できゃっきゃっ笑っていた。
その笑い声は決して美しい音ではなく、
つーか、どっちかつーと濁っているというか、鼻にかかっているというか
それでいてやたらと周囲に響き、まるでエコーがかかってるみたいに通り渡り、耳で反響した。
いつもおれの隣にいるおれの剣友のSがおれの耳に生暖かい息を吹きかけながら
「あの響く声でさ、耳に響く声でさ、あーんあーんってこだまするように泣かれたらたまんねぇーよな」
Sの単純で下品なイメージにおれは単純に発情したのだった。
あの響く声でさ、耳に響く声でさ、あーんあーんってこだまするように泣かれたら?畜生。
たつじゃねーか。
いきりたったこいつをどーこうしたくなるじゃねーか。
ということで何度オナニーしたか。
畜生Sめ。
つまんねーこといいやがって。
あの響く声でさ、耳に響く声でさ、あーんあーんってこだまする?腕の中であの雪が溶けていき、
開いた唇から覗く清潔な歯並び。
白い胸。
夜毎だったw当時雪はプリンセスという感じだったかな。
男たちの多くが雪を盗み見している。
雪もあきらかにその視線を捕捉していた、はずである。
けど雪のバックグラウンドにはがおうーが、
がおうーがおうーと胸をゴリラ叩きしているのだ。
この地域のこの年齢の少年で知らないやつはもぐりといわれる絶対王者。
王者の女だといって別に雪は威張り散らすわけじゃなかった。
女友達に溶け込んで普通に女子高生を楽しんでいる。
けど王者の彼女であることはすでに周知だったし、
雪に声をかけた男子ががおうーの制裁を受けたということは、
王者の情婦であるがゆえに許された力を、ふりがさしてみたい子供っぽさももっているのだろう。
そんな雪が、時々。
入学式から月日がたって、そう衣替えの終わった頃から時々。
怖い物なんてなあんにもないはずのプリンセスにが、時々。
女友達相手にひとしきりにはしゃいでいたのにちらりこちらをみる。
おお、ちらみ返し、おれはたちまち電流に身を焼かれるのだが、
そのあとほんの一瞬だが、なんていうか弱気な表情になって目をそらし、
その伏せた瞳が泣きそうにみえるのだ。
「うほっ。今日もそそる声だなw」いつでも軽薄で元気なSが肩を組んでくる。
放せ。
こら。
妄想の邪魔すんな。
てめぇ。
心で怒鳴りりながら、もしか?
もしか?「あのさ」
ある日の放課後部室にいこうとしてたとき
雪があたりをささっと警戒しながらおれに近寄ってきた。
「話があるんだけど、いい?」
いつものきんきん響く声ではない。
つかウィスパーボイス。
そしてそれが初めて会話する機会だった。
え? え? てんぱってうなずくおれを先導して雪は歩き出す。
わたし好きな人がいるの。
あんたは?
いるよ、いる。
それはおまえだ。
これから始まる話への、身勝手な展開予想がとまらない。
でも。
がおうー。
そう思うとたちまちテンションは暴落する。
がおう。
見たことない。
けどジャイアンの何千倍もジャイアンなリアルジャイアン。
今のこのシーンだって誰かにみられたらやばいかもしれない。
前を歩く雪女。
白いブラウス。
透けてみえるブラジャーの線。
階段の踊り場で振り返り、何かいいかけた彼女が口ごもる。
「なに?」
「う、うん」
「あのさ」
おれは息を呑む。
「Sって、好きなコいるん?」生涯最悪の肩すかしw
それをくらったこの上に、告白されるとでも思ってたんかいみたいな突っ込みまでは、勘弁してほしかった。
だからおれは「ん。なんでだよ?」と平静をよそおっていった。
「ばか。そうきたら悟ってよ…」
もちろん、心情的に悟りたくなかっただけで一瞬で悟っていたさ。
S。
あの軽薄で下品で、おれよりもオナニー回数の多い数少ない候補として思い浮かぶあいつ。
でも、冷静に思い返すと、Sは整った、それもかなり整った顔立ちだった。
当時おれとSの卒業した中学はがおうーのいた中学の次に荒れていて、
生徒数が3倍だった関係で不良の数はむしろうちのほうが多く、
一部の生徒を除いてほぼみんなが変形学生服を着ているような中学だった。
不良ブランドが高いほどもてた特殊な環境下においておれもSも女子に目立ちようがなかったわけだが、
もともと素材の良かったSは新しい世界にでてきても依然平凡なままのおれとは違って中学時代とにはあり得なかった輝きで異性に映るようになっていたのかもしれない。
おまけにSは最近急激に身長が伸び、スタイルだっていい。
雪が惚れたとしても不思議でないのかもしれない。
でも。
「でも雪さんって」
「でも雪さんってその、つきあってる人、その」
がおうーといえず、いえないまま、口にださなくても会話続くだろ?という信号を送りながらいってみた。
「うん」雪はずっとうつむっきぱなしでウィスパーボイスのままだ。
「いるよ」
「Sに彼女はいないよ? 脈はあると思う。彼と別れてSとつきあうの?」
雪は答えなかった。
そんときなんたるタイミング、階段の上にSが現れた。
何も知らんS。
おれに話しかけようとして一緒にいる雪に目を見開き、疾風のようにひっこんだ。
雪はSをみて、同じ速さでそっぽをむいた。
校庭にむいた雪はまたあの泣きそうな瞳になっていた。
「おい。先に部室いってるぞ?」
もう一度そぉーと顔をのぞかせたSがさっとまた消えた。
別の階段から部室にいくのだろう。
S。
彼女はいない。
そしてやつも童貞。
やつの性欲をそそる女は何人もいる。
雪もそ…

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