紡いだ命

2018/02/23

気が付くともう日が暮れようとしていた。
どれくらい時間が経ったのかハッキリしない。
俺と姉さんは、ずっと両親のお墓の前に立ち尽くしていた。
事の起こりは俺と姉さんが、お金を出し合って夫婦水入らずの旅行をプレゼントした事だった。
その帰り、二人は高速道路での衝突事故に巻き込まれ帰らぬ人となった。
両親の訃報を聞いた時、俺は正直実感がわいてこなかった。
どんな事態が今自分達を
襲っているのか分からなかった。
変わり果てた両親の姿を病院で見たとき、初めて俺は「ああ、本当に死んだんだ」と実感した。
それから俺は、涙が枯れるまで泣いた。
こらえようとしても無理だった。
だが、姉さんは悲しげな顔をしつつも、一度も泣かなかった。
少なくとも俺は姉さんが泣いているところを見たことが無い。
泣いてる俺をそっと撫でてくれた姉さん。
それから葬式を終え、俺達は二人だけになった。
親戚もいない。
姉さんは今年就職したばかりで、アパートで一人暮らしをしている。
俺と姉さんはそこで二人で暮らす事になった。
姉の美春19歳。
俺高校2年生の17歳。
姉さんは働いているとはいえ、半年前までは俺と同じ高校生だった。
俺達はまだ子供だ。
急速に俺の中に不安が広がっていった。
姉さんと2人で両親のお墓に行く途中、涙が止まらなかった。
今の現実を受け止めきれない自分がどうしようもなく悲しかった。
「武。水汲んできて」
「うん。姉さん」墓石に姉さんと二人で水をかけた。
流れていく水が涙のように見えた。
「姉さんって、一度も泣かなかったね。強いな姉さんは」
「そんな事ないよ。あたしだって泣いたわ。ただ、あなたの前で泣かないだけ」
「姉さん・・・・・」暮れていく夕日を眺めながら姉さんは言った。
「武。あたし達はこれから2人で生きていくの。ずっと2人で生きていくの」
「うん・・・・・」
「辛い事もあるわ。でもあたし達、姉弟が力を合わせて生きていくのよ。いい?」
「でも・・・・・俺正直色々不安でさ・・・・・俺これからどうなるんだろうって」
「大丈夫。姉さんが守ってあげる」姉の目は真っ直ぐ俺を見つめていた。
その目に姉さんの決心が表れている気がした。
「久々に手つないで帰ろっか」
「いいよ、恥ずかしい」
「いいから、手を出しなさい」そういうと姉さんは無理やり俺の手を取った。
温かい姉さんの手の温もりを久々に感じた気がする。
不思議と不安が消えていった気がした。
ふと姉さんの顔を見る。
「なあに?」
「いや、なんでもない」姉さんが一瞬泣いているような気がしたのだが、気のせいだったようだ。
姉さんと2人で暮らし始めてから1ヶ月。
会社から帰った姉さんはすぐに夕食の支度にかかる。
俺は姉さんばかりに負担をかける訳にはいかないので、台所で、「俺も何か手伝うよ」と何回か言った事があるのだが、その度に「いいから武は座って待ってなさい」と台所から追い出された。
正直姉さんは色々頑張りすぎている気がする。
俺は公立の高校だし、両親が残してくれたお金も多少あるので、金銭的に
さほど困っているわけではないのだが、バイトをしたいと姉さんに言った時猛反対された。
「私にまかせておけばいいの。武がバイトなんてする必要ないわ」俺は姉さんが言ってくれた「あたし達、姉弟が力を合わせて生きていくのよ」という言葉が嬉しかった。
少しでも姉さんの負担を減らしたい。
両親が死んでから姉さんは頑張りすぎてる。
俺より背が小さくて、笑うと可愛い姉さん。
でもキリッとして自分をしっかり持っている姉さん。
俺は姉さんが好きだ。
もちろん姉弟として。
「姉さんこのサラダおいしいよ」
「そう。あまり時間がかけられなかったからどうかと思ったけど、喜んでもらえて良かったわ」
「姉さん。食事が終わったら、ちょっと散歩にいかない?」
「いいけど、どうしたの?」
「気分転換にさ。姉さんも疲れてるでしょ。外の空気吸いに行こう」
「ええ。いいわ。ありがとう武」アパートから少し歩いたところに小さな小川が流れている場所がある。
水が綺麗なためか
よく蛍を見かける。
今日も1匹飛んでいた。
「ほら姉さん蛍がいる」
「ほんとだ・・・・・1匹だけだけど綺麗ね。あたし初めて見た・・・・・」俺たちは近くの草むらに腰を下ろし、しばらく蛍を眺めていた。
すると草むらからもう一匹の蛍が出てきた。
やがて2匹の蛍は、俺たち2人の目の前の草にそっと止まった。
一瞬俺はこの蛍が死んだ両親のような、そんな不思議な感覚に陥った。
姉さんがそっと俺の手を握る。
ふと姉さんの顔を見る。
姉さんはじっと蛍を見つめていた。
風で流れる姉さんの髪。
姉さんの横顔が綺麗だ。
「姉さん、頑張りすぎだよ。少しは俺にも何かさせてよ。バイトすれば多少は生活の足しになるし」
「・・・・・・いいの。武はバイトなんかしなくて」
「何でさ?姉さん言ったじゃん。
二人で力を合わせて生きて行こうって。
今は姉さんだけ頑張ってるじゃん。
高校生の弟を一人で背負って・・・・・俺、負担になりたくないよ」そう言った時、姉さんが俺の頬を思いっきりたたいた。
予想しなかった反応だった。
「あたしが、武の事を負担になんか思うわけないでしょ!!二度と言わないでそんな事!!」姉さんが本気で怒ってるのを久しぶりに見た。
たたかれた頬がひりひりする。
そこまで怒るとは正直思わなかった。
「本当はね、少しでも武と一緒に居る時間を作りたいだけ・・・・・・・バイトって学校終わった後でしょう?
絶対私達2人の時間が減るわ・・・・・・・一人にしないでほしいの・・・・・」そうか。
姉さんはいつも平然としてるように見えるけど、実際は両親を失くした悲しみ、恐怖を俺以上に
感じていたのかもしれない。
残された俺と姉さん。
たった2人だけの家族。
一人になるのが怖いのかもしれない。
俺は何も考えてなかった。
姉さんに甘えてる今の状況を何とかしたかったのは事実だけど、でも大切なのは悲しみを乗り越える事だ。
姉さんと2人で居る時間は大切な時間だ。
そんな事も俺は分かってなかった。
帰り道、俺たちは川辺をゆっくりと歩いて帰った。
頬に当たる風が心地いい。
空を見上げると月が出ていた。
俺は大きく息を吸い込み、そっと吐いた。
「空気が美味しいね、姉さん」
「ええ・・・・そうね」
「姉さんって歌は好き?」
「何?突然。まあ好きだけど」
「今度カラオケ行こうよ」
「武は優しいね・・・・・ごめんね色々気を使わせて・・・・・」姉さんが優しい眼差しで笑った。
姉さんは俺の事を守ってくれると言った。
真っ直ぐな眼差しでそう言った。
俺はその事が忘れられない。
でも、実際は俺以上に傷ついていた姉さん。
俺に何が出来るかはわからないが、姉さんを守ろう。
少なくともいつか両親の死が過去の事になるくらい、幸せそうに笑う姉さんが見たい。
さっきのような優しい顔は見たくない。
あれは悲しみを隠して、精一杯無理して笑ってる顔だ。
俺には分かる。
それが分かってしまったためか、俺は泣きそうになるのをこらえるので必死だった。
目の前に続く長い道が、まるで俺たちの不安を象徴しているようで怖かった。
アパートに着いた俺は明日の学校の準備をしていた。
「武ー!ちょっと」
「何?姉さん」
「一緒にお酒飲まない?」
「何言ってんだ・・・・・未成年だろ俺たち」
「あたしは社会人だからいいんですうー!」
「そうなの?まあ別にいいけど、俺あんまり飲めないよ」
「いいから。つきあって」すでに少し飲んでいるようだ。
台所のテーブルにビールが一本とグラスが2つ並んでいた。
姉さんが早く早くとせかす。
「まあ、一杯!」
「おっさんか」
「失礼な!こんな可愛いお姉ちゃんつかまえて!!」
「既に酔ってるし・・・・・」
「あたしの酒が飲めないっての!?」
「おっ!どこで覚えたその台詞。こいつめー!!」あまりに定番の台詞を言うもんだから、俺は姉さんを子ども扱いしてよしよししてやった。
「あ、馬鹿にしてー!!」
「美春。もう遅いから寝なさい。明日も早いんでしょ」
「・・・・・・!!」しまった・・・・・・・・
死んだ両親の真似をした俺は、やった後激しく後悔した。
「・・・・・・うっ・・」
「ごめん姉さんふざけ過ぎた。思い出させちゃったね・・・・・ごめんな・・・?」
「いいの。これはあくびしたから出た涙なの!あたしはあなたのお姉ちゃんなんだから。しっかりしなくちゃ」
「ごめん」そのまま姉さんは眠ってしまった。
布団を敷いて寝かせてあげる。
寝ている姉さんの瞳から涙が流れていた。
「姉さん・・・・・」姉さんは全てを背負おうとしている。
高校生の俺を背負い、そして俺たちの生活を背負い、悲しみも心に背負っている。
確実に姉さんは心に大きな不安と恐怖を抱えている。
『孤独になりたくない』という。
バイトさえ許してくれない事がそれを物語っている。
姉さんにとって俺は残された、たった一人の家族。
俺まで失いたくないんだろう。
少しでも一緒にいたいと姉さんは思っている。
でもそれがいい事なのか?俺にはそれが分からない。
姉さんを見てると側に居てあげたい、また俺自身も姉さんと一緒にいたいと強く思う。
俺はそんな答えが出ない問いを心に抱きつつその日は床についた。
次の日、学校の帰りに俺は高校の近くの土手でボンヤリ考え事をしていた。
川に映る水面に夕日が反射して真っ赤に染まっていた。
「俺たち姉弟はこのままでいいのかな・・・・・・」そんな事を考えていた。
両親が死んだ不幸はもう変えようがない事実だ。
それを俺たちは背負って生きていかなくてはいかない。
でも、姉さんと俺が2人だけのカラに閉じこもって生きていくのは違うと思う。
それでは本当の幸せはやってこない気がする。
俺は姉さんが好きだ。
大好きだ。
だから本当に幸…

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